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2012年9月17日
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小原篤のアニマゲ丼

「けいおん!」愛される理由

文:小原篤

写真:映画「けいおん!」 (C)かきふらい・芳文社/桜高軽音部拡大映画「けいおん!」 (C)かきふらい・芳文社/桜高軽音部

写真:藤本由香里さん拡大藤本由香里さん

写真:須川亜紀子さん拡大須川亜紀子さん

写真:広瀬正浩さん拡大広瀬正浩さん

 男性不在で恋愛抜きの世界に惹(ひ)きつけられたのは、恋愛から解放された者(恋なんて要らない人)か、恋愛から逃避した者(恋から目を背けたい人)か? 答えはまあ「両方」なんでしょうけど。今回は「けいおん!」のお話です。

 なぜかというと先日、名古屋で開催された「あいち国際女性映画祭」で映画「けいおん!」が上映され、続けて「男なんていらない!?」と題したシンポジウムがあったからです。面白いシンポでした。

 かきふらいさんのマンガを原作として、アニメを2期にわたり放映した後、2011年に映画が公開された「けいおん!」は、平沢唯や秋山澪ら高校の軽音楽部の女の子たち5人(初めは4人)を描いた作品です。男性はあくまで小さな脇役にとどまり、ゆるやか部活ライフも仲良し学園生活も、出てくるのはもっぱら女の子。軽音楽部の部室でのまったりティータイムに代表される彼女たちの平穏な日常を、まさにおいしいお菓子とおいしい紅茶をいただくごとく、リラックスしてしみじみ味わう癒やしのアニメです。

 深夜アニメながら幅広いファンを獲得し、エンタメ系雑誌が「オタクも女子高生も同時熱狂」「ヲタから非ヲタへ」といった見出しをつけてそのヒットを分析していました。

 シンポでは、まず明治大学国際日本学部准教授の藤本由香里さんが、マンガやアニメでの男と女の描かれ方の大きな変化をふまえ、こんなお話をしました。

 「1986年に男女雇用機会均等法ができて、男に養われなくてもいい、男に選ばれなくてもいい、女同士で楽しく生きていければいい、という選択肢が女性に生まれた。女性が女性であることを肯定し始めた。男の愛を獲得するより女同士の絆が大事、という流れは、例えば『NANA』のヒットが裏付けている。一方、2000年代半ばから女の子同士の世界に男の子の関心が向くようになってきた。スポーツをやっている男の子の集団『チーム男子』に女性が抱く興味と同じように、男性の興味が『チーム女子』に向いた。その動きと、女の子の自己肯定が合わさっているのが『けいおん!』だろう」

 「メディアとジェンダー」が専門という関西外国語大学専任講師の須川亜紀子さんは「セカイ系の閉塞(へいそく)感を打破する形で登場したのが、『けいおん!』を含む日常系・空気系アニメ。劇中、何度も出てくるカメ(スッポン含む)が象徴的で、急がなくていい、ホワンと生きていけばいいというメッセージを発している。女性視聴者に話を聞くと『仲良くしている姿に癒やされる』という声が非常に多い。『男性の性的な欲望のようなものを画面から感じないので安心して見ていられる』という感想もよく聞く。悪意の存在しないイノセントな世界にひたることは、小動物と戯れるアニマルセラピーにも似た癒やしを与えてくれるようだ」。

 これに対し、近代日本文学が専門という椙山女学園大学専任講師の広瀬正浩さんは「空気系アニメは物語性が希薄でコンフリクト(葛藤・衝突)もドラマもないといわれるが、『けいおん!』には、例えば唯や澪は『自分を変えなきゃ』という物語を生きているし、合宿では練習か遊びかを巡るコンフリクトもあった。また『男性不在』『男性排除』とも単純には言えない。唯たちにコスプレをさせたがるさわちゃん(さわ子先生)は、男性視聴者にとって自分と同一化しやすいキャラクター。物語世界の中に用意された男性的まなざしが、男性オタクの視線を回収してくれる」と指摘しました。

 これに藤本さんが「私も、日常系萌えアニメの典型と言われるのには『それはどうなの?』という思いがある。例えばカバンやギターの置き位置で彼女たちの寄り添った関係を象徴的にさりげなく描くといった丁寧さがこの作品の良さ。一緒にお茶を飲むこの時間が、実は奇跡のような時間だと作り手は分かって描いている。ゆるい日常系アニメとは一線を画す密度の濃さがある」と応じました。

 広瀬さん「無時間的なのが空気系とされているが、『けいおん!』は時間の流れをとても重視しているのが特徴だ」

 須川さん「3年間の高校生活という限られた時間を淡々と、ディテールをもって描くことで、成人視聴者はノスタルジックなものを感じる」

 藤本さん「『ゆるゆり』『らきすた』『じょしらく』より(ファンの)裾野が広いのは、音楽の存在が大きい。他のはもっとオタク的要素が強い」

 会場の質問者(男性)「男性であることに疲れた男性が、『けいおん!』の恋愛のないところに惹(ひ)かれているのでは?」

 藤本さん「かつて女の子は『男に選ばれなければお前は無だ』だったが、むしろここ10年くらいは逆転して、『女の子に受け入れてもらえないとオレは無かも』という強迫が男の子に出てきたのかな、という気がする。『そのままのキミが好き』は少女マンガの黄金パターンだったが、いま『そのままのあなたでいいの』と言ってほしいのは男性オタクなのかも。女の子だけのアニメには、現実で『選ばれる立場』になった男性が『ここではオレは選ばれる必要がない』と感じる安心感があって、そこに、右肩上がりじゃない社会の中で価値が上がってきた『日常』というものを楽しむ部分がブレンドされて、裾野の広がりを生んだんだと思う」

 とまあ、このように議論は盛り上がりました。

 男性と女性を同時に惹き付けたのは、女の子の髪やほっぺたや太ももやしぐさの念入りな描写にフェティッシュな味がありながら、あくまで、女から見た女の子のかわいらしさを追究した(アニメの主要スタッフは女性)ことで、類型的な「アニメ美少女」のくさみを感じさせなかったところもよかったのではないかと思います。そこは、普段アニメを見ない層にも好感を持たれるポイントだったのでは。

 映画は、卒業する唯たちと後輩の梓(あずにゃん)のロンドン旅行と、梓にプレゼントする曲作りを描いています。今回再見して改めて感じましたが、この物語を、涙のさよなら思い出旅行!のように感傷的にドラマチックに盛り上げてしまったら「けいおん!」ではなくなってしまったでしょう、きっと。お茶の時間をポイントに置くことで穏やかで優しいのんびりまったりムードを崩さず、音楽(演奏シーンと楽曲)で観客のエモーションの波を操作する。巧みな作劇だと思いました。

 さて、シンポのお話を聞いてると、男性不在・恋愛抜きの「けいおん!」に惹き付けられたのは、恋なんて要らなくなった女性と、恋から目を背けたい男性なのね、という少々イヤーな結論になってしまいそうですが、まあそう単純ではない気がします。一人の人間の中に男性性と女性性があるように、恋に対する気分だって人それぞれ複雑なもんじゃないかと思いますから。なので答えは、やっぱり「両方」なのです。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2012年4月から名古屋報道センター文化グループ担当部長。※ツイッターでもつぶやいています。

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