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2012年12月3日
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小原篤のアニマゲ丼

宮崎アニメの重箱の隅

小原篤

写真:宮崎駿監督の「ルパン三世 カリオストロの城」ブルーレイ(バップ)拡大宮崎駿監督の「ルパン三世 カリオストロの城」ブルーレイ(バップ)

写真:同じく宮崎監督の「風の谷のナウシカ」DVD(ウォルト・ディズニー・ジャパン)拡大同じく宮崎監督の「風の谷のナウシカ」DVD(ウォルト・ディズニー・ジャパン)

写真:近藤喜文監督の「耳をすませば」DVD(ウォルト・ディズニー・ジャパン)
拡大近藤喜文監督の「耳をすませば」DVD(ウォルト・ディズニー・ジャパン)

 ここんところ、むやみと力の入った最新アニメ映画についてエイ!ヤッ!トウ!と力を込めて書いたので、今回はチョット一息。昔のアニメの重箱の隅をホジホジつつくようなお話をしましょう。お題は「ルパン三世 カリオストロの城」「風の谷のナウシカ」「耳をすませば」の、気づかなければ何ともないのに気づいてしまったらどうにも気になるナゾです。

 偽札作りを営むカリオストロ公国の伯爵が、何をもくろんで大公息女クラリスと結婚しようとしたのか今もってよくわからない、というのは以前にも本欄でちょこっと書きました。「決まってるじゃん、お宝目当てでしょ!」と言うアナタ、映画をよく見返してごらんなさい。

 せっせと結婚式の準備に走り、伯爵家の指輪と大公家の指輪が一つになるとき秘められた先祖の財宝がよみがえるのだ、とかナントカおっしゃっていますが、「一つになる」って? どこから財宝が出てくるの? 伯爵はノーアイデアです。もちろんクラリスも。二つの指輪を合わせると文章があらわれ、それに従って時計塔のある所に指輪をはめれば――というカラクリは、すべてルパンが解きました。ルパンが来なかったら伯爵はきっと、初夜の床でまんじりともせず「なぜだ! なぜ財宝が現れんのだ?!」とカリカリしてたことでしょう(カリ城だけに)。

 大公家の指輪を調べたかったのなら、別に結婚なんかせず盗むなり奪うなり「調査研究のためだ」とか言って借りるなりすればよいのに。ノープランでやみくもにケッコンに突き進むとは、やっぱり「ロリコン」だから?

 ではお次、ナウシカ「瞬間移動」のナゾ。

 ナウシカは、蟲(むし)に襲われるアスベルを助けようとして、もろともに腐海の最深部に墜落し、流砂に飲まれます。落ちた先は清浄な水と空気の流れる地。「腐海の底にこんな場所が」と泣いて喜ぶナウシカ。アスベルは「僕らはあそこから落ちてきたんだ」と、石化した植物の大アーチが支える天井に空いた穴を指します。穴の向こうは日も差さぬ腐海最深部のはずなのに、木漏れ日のようにキラキラ光が降り注ぐフシギ。で、ちゃんと日が暮れて夜になり、「明日はたくさん飛ばなきゃ」とナウシカは眠りに落ちます。

 その後、風の谷での戦闘やら、ペジテの船からのナウシカ脱出やらがあって、宇宙船らしきものの残骸に立てこもる風の谷の人々とそれを包囲するクシャナの軍勢という場面。ここで、聞き捨てならないセリフがクシャナの口から出てきます。

 「(谷の人々は)帰りを待っているのだ。あの娘がガンシップで戻ると信じている」「私も待ちたいのだ。本当に腐海の深部から生きて戻れるものならな。あの娘と一度ゆっくり話をしたかった」

 あれ?

 そうじゃん! 腐海とは蟲には天国、人には地獄、そこで人は生きられず、ましてその深部から生きて戻ることなどできない恐ろしい場所だったのに。さらにナウシカは、流砂に飲まれてもっと深く落ちたのに……どうやって戻ったんだっけ?

 ここでビデオを巻き戻して確認すると、「眠るナウシカ」→風の谷のシーン→「腐海上空をメーヴェで飛んでいるナウシカ」となっています。どうやってそこまで上がってきたんだよ?! これがナウシカの「瞬間移動」です。

 腐海の底の清浄の地で離陸するのはいいとして、天井の上には砂の層があるはずで、仮にどうにかしてそこを突破しても瘴気(しょうき)ムンムン、蟲がウジャウジャの腐海深部。これを、アスベルも乗せたメーヴェで突っ切ったの? ムリじゃない? それができたら映画1本分の大アドベンチャーじゃない?

 「清浄の地」シーンで腐海の役割が明かされ、そこで観客の中の腐海のイメージが反転します。だからこそ、冒頭でナウシカの師ユパが腐海にのまれた村を苦渋に満ちた顔で歩いていたのに、エンドタイトルでユパはアスベルと連れだって腐海でのんびり王蟲見物。とても穏やかな森に見え、人間と共存していけそうなイメージに替わっている、という作劇上のマジックが成り立つのです。

 なので、「危険な腐海深部から死ぬ思いで脱出」なんてシーンは、ミッション・インポッシブルだから描きようもないし、実のところストーリー上も邪魔です。華麗にスルーできればそれで上々。むしろ、忘れてたことを思い出させるようなセリフをクシャナ殿下にわざわざ言わせる意図が、よく分からない。「私も待ちたいのだ。あの娘と一度ゆっくり話をしたかった」でいいんじゃありません?

 さて、最後はもっとどうでもいい細かい話。

 「耳をすませば」の主人公・雫(しずく)は、中学へは歩いて行きます。市立図書館へは電車で行きます。図書館を見下ろす丘のてっぺんに、地球屋があります。地球屋とは、雫が恋する聖司の祖父・西老人の営む骨董(こっとう)屋です。しかし雫は映画の中盤で、学校からの帰り道、脇にのびる坂道を上って地球屋へ行きます。位置関係が分からない! 地球屋は移動するのか?「西老人の動く城」か?

 まあいいんですよ、「そうだ地球屋行こう」と思ったら行けばいいんです。坂道(本作の重要なモチーフ)の上にあれば、どこでもいいんです。

 ちなみにこの映画のマジックは、物語を書いたことは雫にとって「書きたいことがまとまってません!後半なんかめちゃくちゃ!」という挫折体験だったはずなのに、西老人の「あなたはすてきです!」という言葉と鍋焼きうどんの力で「成功体験」に替わってしまうところ。このシーンの時間の飛ばし方や「寒」から「暖」へのムード転換、物語と西老人の体験の「偶然の一致」という展開、宝石の原石という小道具の使い方など、すべてがこのマジックを観客に信じさせることに奉仕していて、見事なものです。イヤしかしね、本来ならカレシの聖司君がなすべきおいしいところを持っていく西老人、ずるいなぁ…。

 というわけで、宮崎アニメの重箱の隅、いかがだったでしょうか?(「耳すま」のみ、宮崎駿さんは監督せず絵コンテまで)

 「千と千尋の神隠し」以降の作品は、理屈を超えた飛躍(混乱とも言う)がストーリーの中心にデンと座っていて、こんな重箱の隅も縁も裏もヘッタクレもなく、「崖の上のポニョ」にいたってはなんかもう作品全体が不定型な夢のようなナゾそのもの。それはそれで面白くて、最大のナゾはそんなものに日本中の老若男女が詰めかけ楽しんでいることです。

 間もなく発表になるはずの宮崎さんの新作は、漏れ伝え聞く題材からするともっとキッチリカッチリした作りになると予想してますが、はてさて、また面白い重箱の隅でもつつけるかしら? 楽しみ楽しみぃ!(前回と同じオチ)

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2012年4月から名古屋報道センター文化グループ担当部長。※ツイッターでもつぶやいています。12月20日に日本評論社から「1面トップはロボットアニメ 小原篤のアニマゲ丼」刊行予定。

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