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美しいこと(木原音瀬)

2008年6月20日

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表紙美しいこと(上)
木原 音瀬
 (蒼竜社  ¥ 900)

 すいません、今回は小説について書かせてください。しかもやっぱりボーイズラブ(BL)。何しろ木原音瀬という人はすごいんです。木原作品だけを扱う出版社があり、かつ木原作品だけが載っている雑誌も発刊されているのです。どうです、市場が限られるBLにあって、この活躍ぶり。彼女の作品にはマニアをとらえて放さない何かがあるんですよ。

 学園もの、任侠、時代物、SFとなんでもアリのBL小説界でも、異彩を放っている木原音瀬。登場人物たちの欠点をリアルに描き、また主役2人の関係は多くの場合、「軽蔑する」「嫌いだ」といったマイナスの感情から始まるのが特徴だ。主人公たちが恋に落ちる相手は、デブで自己中心的だったり、50歳のしょぼくれたオジサンだったり、自閉症の少年だったりする。読者は「こんな相手にわざわざ恋しなくても」と思いつつ、気がつけばいつか二人の恋の成就を願いつつページをめくってしまうのだ。

 表題作は珍しく女装ものだ。BLにお詳しくない方々にはピンとこないかもしれないから念のため触れておくと、BL界において「女装もの」は傍流。読者の女性たちが読みたいのは、「男同士の恋愛」なのだから、男女の恋愛の模造品のようなあまりに女らしい男性は読者に敬遠されがちだ。お間違いなく。

 閑話休題。主人公の松岡は、普段はやり手のイケメン営業社員だが、週末だけは美しく変身して街を歩き男たちの視線を集めて楽しんでいた。女装のきっかけは、半同棲していた彼女の残していった服飾品だし、性志向も異性愛者だ。しかし、女性の姿でトラブルに巻き込まれていたときに、同じ会社の冴えない男・寛末に助けられ、寛末は女装姿の松岡に恋をする。女装姿で何度か会ううちに、寛末の実直な性格に触れ、いつしか松岡も恋に落ちる。「おばあちゃんになっても子供になっても、どんな姿になっても探し出してきっと愛してしまいます」。真摯な寛末の求愛に、松岡は真実を告げる決意をするが・・・。

 こうしてあらすじだけを書くと、コラムを読んでいる男性諸氏が引いていく姿が見えるようだ。「好きになったのに実は男かよ! 冗談じゃないぜ、ありえない!」。でも違う、そこに描かれるのは「本当の私がどんな姿でも愛してください」と激しく、切なく、血を流すほどに相手を恋う感情なのだ。

 松岡が男であることを知った寛末は、からかわれていたのだと思いこみ拒絶する。そこから立場は逆転し、今度は松岡が必死に求愛してくる。これ、普通の男性にとってはすごい恐怖かもしれない。しかし、木原の手にかかると、それがホラーではなく、純愛の物語として立ち上がってくる。

 上下巻で、上巻は松岡、下巻は寛末の目線から物語は描かれる。私は上巻を手にしたときから、2カ月先の下巻の発売が気も狂わんばかりに待ち遠しかった。ようやく下巻を手にして、いすを引いて腰掛ける時間も惜しんで立ったままむさぼるように読みましたよ。

 ところで冒頭でふれた会社とは蒼竜社で、雑誌は「まるごと木原音瀬コミックアンソロジー」といううたい文句の「ergo」(蒼竜社)という。木原の小説を漫画化したもので、草間さかえ、宮本佳野ら人気のBL漫画家を集めている。このメンツをみるだけでも、木原作品がBL作家たちにも愛されていることが分かる。

 ついでにいうと、木原本人は四国在住の会社員だったはずなんだが、ここ数年発刊量がとてつもなく増えたことをかんがみると、会社は辞めてしまったのだろうか。ダメ人間を書かせるとBL界では右にでるものがいないといえるほどの、恐ろしいまでのダメ人間の描写っぷりは、会社でいろいろな人間をみる経験が生かされていたと思うのだが。辞めてしまっているのなら残念だ。さらに蛇足だが、木原音瀬のように「昼は会社員、夜は作家」というと、歌う銀行員「小椋佳」、歌う国鉄職員「伊藤敏博」(ヒット曲は『サヨナラ模様』)が連想されて、なんだか好感が持てていたのになあ。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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