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あぶな坂HOTEL(萩尾望都)

2008年7月18日

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表紙あぶな坂HOTEL (クイーンズコミックス)
萩尾 望都
 (集英社  ¥ 420)

 「私が語るのもおこがましいから」と、当コラムでは大ヒット作や大先生の漫画を取り上げることを避けてきた。しかし今回は漫画好きなら知らぬ者のない萩尾望都大先生の作品を取り上げてみたい。現代少女漫画の祖「花の24年組」の一人であり、97年に手塚治虫賞受賞と、本当に今さら私が語るまでもない人ではあるのだが、きっと食わず嫌いの漫画好きの方々もいらっしゃると思うのだ。もしくは近年の代表作「残酷な神が支配する」や「バルバラ異界」を読んで、あまりの濃密さに腰が引けてしまった人とか。そういう方々に私は声を大にして言いたい、「萩尾先生は暗いばっかりじゃないし、SFばっかりでもない、いろんな物語が描けるのよ〜」と。そう、今回の「あぶな坂HOTEL」はレディース誌「YOU」に掲載されただけあって、さらりと読めつつ、奥が深い短編集となっているのだ。「萩尾作品は嫌いだから」と手に取らなかった方にこそおすすめしたい。

 舞台はこの世とあの世のあわいに建つ「あぶな坂HOTEL」。オーナーの藤ノ木由良が、訪れる客たちの人生を見つめ、「いくも帰るもお客様次第」とささやく。

 4つの短編からなるこの連作は中島みゆきの名曲「あぶな坂」をモチーフしたという。確かに由良も中島みゆみをおもわせるロングヘアーの美女だ。生死の境で自らの人生を振り返るという設定は、ありがちといえばありがちだが、萩尾の手にかかるとほんの数十ページの中で、重厚な人間ドラマが展開される。

 「女の一生」では40ページの中に戦中戦後を生き延びた一人の女性の生き方が鮮やかに描かれる。そう、短い中に一人の人生を過不足なく描く。実は短編の名手でもある萩尾が得意とする点だ。また、「3人のホスト」では3人のホストと、そのホストに貢いだ女性の心情が50ページほどで描かれる。結局はその女性の魂の救済が母親に回帰するあたりが、萩尾らしいといえば萩尾らしい。また最終話「雪山へ」ではどんでん返しに泣かされる。

 短編の名手といえば、話は脱線するが、今市子がエッセーで描いていた「グレンスミスの呪い」を思い出した。正しくは萩尾の初期代表作、吸血鬼の少年エドガーが主人公の「ポーの一族」の一作で「グレンスミスの日記」のこと。女の子が老女になるまで描いた24ページの短編で、今市子は少ないページ数で一人の人生を描ききっていることに敬服し、つい長くなってしまう自分のネーム能力を反省している。そう、短い中に必要なだけを凝縮する萩尾の能力は、若手漫画家にとっては「呪い」ですらあるのだ。

 さらに蛇足だが一言を。3人の所属するホストクラブは「新宿2丁目のシンデレラの城」だという。萩尾先生、新宿2丁目は歓楽街ではありますが、同性愛者のお店が多いという意味であって、たぶんホストクラブはあまりありません。萩尾先生はあまりに大先生であるため、編集者は萩尾のネームに絶対に文句をつけない、と聞いたことがありますが、せめて「先生、新宿2丁目は歓楽街ですが、意味が違います」程度は言って差し上げてもよかったのではないだろうか。

 思い返せば私の漫画好きは中学生のころに読んだ萩尾の初期代表作「トーマの心臓」で決定づけられた。最近の対談で「そろそろ定年退職だから」と言っておられたが、それは寂しすぎます、萩尾先生。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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