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この世界の片隅に(こうの史代)

2008年8月1日

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表紙この世界の片隅に 上 (1) (アクションコミックス)
こうの 史代
 (双葉社  ¥ 680)

 「夕凪の街 桜の国」(双葉社)で注目を浴びたこうのの、ヒロシマもの第二弾である。「またかよ」とは思わずに読んで欲しい。戦争は、平凡に生きる人々の日常を壊していく。とりわけ、原爆を落とされた広島は、その陰がひときわ深い。広島出身のこうのは、その様子を、つぶさに、けれども淡々と描いている。

 第二次大戦中の昭和18年、主人公すずは軍都・広島の呉へ嫁ぐ。絵を描くのが好きで、ちょっととぼけた性格のすずは、嫁ぎ先・北條家にあたたかく迎えられ、物資は乏しくともおだやかな日々を過ごしていく。しかし、日を追うごとに戦火は激しくなり、すずたちは日々の食材にも困窮し、空襲に逃げまどう。それでも暗い話にならないのは、すずの性格と、背景までフリーハンドで描かれたやわらかな絵柄の効果だろう。

 巻末にこうのは「間違っていたなら教えてください 今のうちに」と書き添えている。作中では砂糖600グラム20円などと、当時の生活を事細かに描いている。事実関係の誤認を気にしているのだろうが、私には「お年寄りのみなさん。戦争の生き証人として、いまのうちに話してください」というこうのの訴えにも読める。そう、もう私たちが体験者の証言を聞ける機会はなくなりつつあるのだ。

 私の祖父母は広島県のある島の出身だ。私の祖父は原爆が落ちた当時、広島市内の病院に入院していた。連絡がとれない祖父を心配した祖母は、幼かった私の母をおいて単身で広島に入り、がれきの下敷きになっていた祖父を助け出したという。二人とも被爆者と認定されるはずだが、「被爆者手帳もろてもいいことないけえ」と死ぬまで申請しなかった。

 その後に祖父母は二人の子をもうけ、さらに孫がいる。つまり、私のいとこたちは被爆三世ということになるが、たぶん、彼らにその自覚はない。もし、今その事実をつきつければ彼らの結婚相手や周囲は多少なりとも感情を揺らすことだろう。

 戦争は罪深い。どんな戦争であれ罪深い。けれども、子々孫々まで健康被害の影を落とし、環境汚染を続ける兵器は最も罪深いのではなかろうか。

 もう二度と核兵器を使わない世の中にするためにも、我々はもっと広島を知るべきなのだと思う。声高に反戦を叫ぶことのない表題作は、そのとっかかりとして最適だと思う。特に若い方々には読んで欲しい。

 最後に、私の親族はこのコラムの存在を知らないので今回これを書いた。私の親族を知る人はどうか私のいとこたちに何も言わないでください。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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