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なごみクラブ(遠藤淑子)

2008年9月26日

  • 筆者 松尾慈子

写真なごみクラブ[作]遠藤淑子

 私の愛する遠藤淑子、久しぶりの新刊である。00年から犬を飼い始めたためか寡作となり心配していたところだったので、久々に思いやりに満ちた説教=「遠藤節」が聞ける本作は本当にうれしい。

 「イカサマアシスタントへの道」(志々藤からり・新書館)によると「ネット、ゲーム、犬は漫画家の8割をダメにする」。遠藤もその例にもれなかったのか、それとも85年のデビュー以来活動していた白泉社を離れたからか、寡作となり、またその後発表したファンタジー作品も「あともう一歩」だったので、寂しく思っていた。犬との暮らしを書いたエッセーマンガ「犬ぐらし」(白泉社)で「北海道にローンでマンションを買った」とあったので、私は「生活は大丈夫なのか」と借金返済のよけいな心配までしていたよ。それがようやくの遠藤節全開の本作である。

 本作の舞台はホストクラブ。ホストらしくないホストたちがお客たちをなごませる。1話8ページの短編なのだが、笑いとほのぼの、そしてちょっぴり泣かせる場面があり、十分読み応えがある。中でもクラブのマネージャーのせりふは、短いけれども人の心を打つ。ソツのないホスト・タクのことを同僚たちは「平均点だから」と言うが、マネージャーは彼の個性を見抜いて言う。「平均点は架空の点です 平均点の人なんていませんよ」。私を含め、抜きんでた能力などない多くの人は、たったこれだけの言葉にどれだけなぐさめられることか。「私の作品には爆発と説教がつきもの」と以前に遠藤本人が分析していたが、遠藤作品の説教には嫌みやおしつけがましさが一切ない。ほんの短い言葉が人の心を打つ。本作の第一話、ホストのナオキはお客様に「ぜんぜん気にしてないよ」という。たったこれだけで、昔の小さな罪を許されたようでお客は泣いてしまう。長い時間話し言葉を尽くして通じることもあるが、遠藤は短い言葉で人の心に切り込んでいく術を知っているのだと思う。

 ホストクラブを渡り歩き、そのたびに高慢な態度で客や同僚と衝突してきたユウヤ。マネージャーは不採用を言い渡そうとするがユウヤの「妹が難病なんで入院費が必要」というイイワケくさい言い分を信じて採用を決める。そしてこう諭すのだ。「今日までの接客や職場の人づきあいはあまりうまくゆかなかったようですから 明日からは妹さんと話すときのようにお客様や同僚のことを考えてみてください」。事実、ユウヤの妹は本当に入院していて、見舞いに来た兄の質問に答えてこう即答するのだ。「うん お兄ちゃんはやさしいよ!」。それを聞いただけでユウヤは涙をこぼす。イヤミな人にもちゃんと事情がある。人間は多面体のように様々な面があることを、ギャグも交えつつ、たった8ページで示すことが遠藤には楽々できるのだ。

 掲載誌は「月刊まんがライフオリジナル」。表紙を見ておわかりいただける通り、決して美しい絵柄とは言い難い。カラーページの雑さはデビュー当時からのファンである私でさえ、「もうちょっと前進がほしい」と思ってしまう。それでもありあまる作品力がある。ぜひ手に取っていただきたい。

プロフィール

写真

松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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