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東京湾岸バレエ団(朔田浩美)

2008年10月10日

  • 筆者 松尾慈子

写真東京湾岸バレエ団[作]朔田浩美

 まったく不思議な漫画家である。私にとっては10年近く前から気になる存在なのだが、とにかく寡作。コミックスが出たかと思うと、ぱったりと数年間姿をみせなくなる。そして、また数年たつとコミックスをだしてまた消える。雑誌を転々とし、出版社を変え、コミックスは発売されるものの、次の活躍の場がわからないので、私はいつも書店で彼女の新作を見つけて初めて「あ、まだ描いていたんだ」と認識する。もちろん私が「マンガはコミックスで買う」派だからこその悩みで、雑誌を追いかければいい話だし、最近はネットで探せばすぐわかるので助かるが、それでも今回、朔田のデビュー年がわからず検索したら本人の公式サイトが工事中でやっぱり謎はとけずじまいだった。とほほ。

 表題作はコンテンポラリーダンスのバレエ団で振付家を目指す少年の恋と成長の物語。「コンテンポラリー?」という方もご安心。要所要所で笑いに満ちた解説がなされて、ダンス門外漢の私でも十分楽しめる。少女漫画でバレエといえば山岸凉子の「テレプシコーラ舞姫」と槇村さとる、とお思いの方々、それらとまったく違って、茶化して笑ってそれでもまじめに踊っているダンス漫画の世界があるのですよ。

 世界的プリンシパル(主役級ダンサー)果家に見いだされた主人公・佐藤吾郎は、天才振付家・春楡とダンサー・みほ、たった4人の「湾岸バレエ団」の団員となる。いつでも超ポジティブで無駄に明るい果家が、クラシックバレエ育ちの吾郎を新しいダンスの世界へと導いていく。

 しかし、とにかく朔田マンガはクセがある。私のように、これが好きな人にはたまらないだろうが、苦手な人はきっと読みづらいに違いない。朔田は寡作なのに雑誌連載をやっているってことは、「たまらない人」が多いってことなんだろうか? 

 まず第一に展開が早い早い。吾郎があるバレエ団に落ちたと思ったら果家にスカウトされて、そうこうしてる間に義姉には失恋し、「春の祭典」で新作ダンスを作り上げて、とこれだけで第1話。第2巻では吾郎は手ひどい裏切りにあうのだが、これも1話分で立ち直る。もちろんそこには周囲との絆を深めるエピソードが盛り込まれてはいるのだが。加えて、不幸な出来事や絶望があってもそれを本人が笑いに変換してしまうような強さが、朔田作品の登場人物たちにはある。吾郎は「暗い」という設定だが、それでも小さな悩みは次のコマでは怒りやつっこみに昇華されている。これが読み手によっては嘘くさいと映るかもしれないが、私にはこのテンポと歯切れの良さがたまらない。

 「テニミュ」人気をちゃかしたような「ゴルフのおにいさま」ミュージカル出演の話が登場するのだが、こういう遊び心を楽しめないと朔田作品は楽しめない。ちなみにテニミュとは、人気漫画「テニスの王子様」のミュージカル版で、生身の男性が出演することで、アニメや漫画とはまた違った「萌え」があり、熱狂的なファンがいる、らしい。残念ながら私はまだ見たことがないので詳しくは分からない。

 というわけで、これまた掲載雑誌を変えながら「東京湾岸バレエ団」の連載は続いているようだ。自ら「放浪の漫画家」と本人が公式サイトで描いていたが、そろそろ落ち着いてはもらえないだろうか。確かに万人受けする漫画ではないだろうが、この切れ、この笑い、私にはたまらないのだから。

プロフィール

写真

松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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