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ママはテンパリスト(東村アキコ)

2008年12月19日

  • 筆者 松尾慈子

表紙ママはテンパリスト[作]東村アキコ

 私がこの漫画を知ったのは、自宅でとっている地方新聞に作者のインタビュー記事が大きく掲載されていたからだ。地方新聞に東京で取材したネタが乗っているということは、共同通信が配信している記事にほぼ間違いない(共同通信というのは全国の新聞社やテレビ局などに自社が取材したニュースを売っている会社です。記者は少数精鋭という感じがして、私はこっそり尊敬しています)。「天下の共同通信がなぜ、この育児漫画をこれほど大きく取り上げるのか?」。世に「ママンガ」と呼ばれる育児漫画は山とあるのになぜこれなのか。それにこの記事が成立するならば、これまで会社で私が出した数々の漫画ネタ企画が却下されてきたのはなんだったんだろうか。やっぱり共同通信は自由度が高いぜ、などいろいろな思いが渦巻き、本来ならば自分の企画の未熟さへの反省と共同通信記者へのねたみとなるべき感情が、なぜかこの漫画への逆恨みになってしまい、「自腹でなんか買うもんか」という結論に行き着いてしまった。

 すると数日後に遊びに来た友人がこの漫画を持ってきた。理由は「いま話題だから」で、共同通信の記事は知らなかったという。これも何かのご縁、読んでみると・・・おもしろかった。逆恨みしてごめん、東村アキコ。でも自腹で買ってないんだけどね。

「新世代育児エッセイ漫画」と帯にあるとおり、息子「ごっちゃん」を徹底的に客観視した「ごっちゃん観察日記」だ。週刊誌と月刊誌に連載を抱える人気漫画家が29歳で出産し、「すいません、育児ナメてました!」と叫びながら育児と仕事を乗り越えていく様子が描かれている。いまさら説明も必要ないかもしれないが「テンパる」は「焦る・動揺する」の意味。これまでの育児漫画では「親バカな私ってバカよねえ」みたいな自嘲があったが、この漫画は振り回される自分を描きつつも、主役はあくまでもごっちゃん。また、そのごっちゃんが一般に思い浮かべる「いたずらな赤ちゃん像」の一歩先というか斜め上を行く逸材なのがさらにいい味をだしている。

 大笑いさせられるエピソードは山盛りなんだが、なかでも離乳食の話は秀逸だ。普通に想像する離乳食での苦労といったら、「食べてくれないとか散らかされるのかな」程度。ところがごっちゃんは、納豆とおかゆの離乳食を床にひっくり返し、さらにその床にダイビング! 回転を加えて全身おかゆと納豆まみれになり、ようやく満足したかと思うと、今度はぬるぬるしたスケートリンク状態の床に大激怒。そりゃないぜごっちゃん。一事が万事、こんな感じなんである。よく育児が続くなあ、東村アキコ。

 しかし、週1〜2回締め切りがやってくるのに、どうやって乗り切っているんだと思ったが、宮崎に住む両親が月10日ほど泊まり込みで孫の相手をしてくれるのだそう。いや、それにしても大変だろう。あとがきでは「もーいやこんな毎日 ごっちゃんと二人で沖縄の離島とか行こっ」と叫ぶ姿が描かれている。「思いとどまって品川で引き返しました」とあるからには本当に逃避行しかけたんだろうなあ。そりゃそうしたいくらいに忙しいだろうよ。

 さらに驚いたのは、私がたまたま見た女性雑誌にまたしても東村アキコのインタビューが載っており、「息子が保育園に行っている間だけ仕事して、午後6時から彼が寝るまでは息子との時間です」って。週刊連載抱えている漫画家とは思えない! しかも写真みたら作者オシャレだし、部屋きれいだし。家政婦さんやベビーシッターとか雇ってないんだろうか。そんなにも家事育児って外注しちゃいけないんだろうか。

 本書は育児漫画として純粋におもしろいんだが、育児ってこんなにもママ一人が全部自分でやんなきゃいけないの?という将来への不安にかられる書でもあったのだった。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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