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恋っていうのは(タクミユウ)

2009年5月8日

  • 筆者 松尾慈子

写真タクミユウ[作]海王社

 「あの人は ひれ伏してでもそばにいたいと思った人」。別れたときには「生きていけないと思った 食べたり 寝たり 息したり 全部意味がなくなった」

 これほど深い恋をして、それを失った人は、世の中にどのくらいいるんだろうか。過去の大失恋の傷が癒えないカメラマン・祐仁と、祐仁との恋にハマってしまう編集者・千洋を描く。お互いに「好き」なのに、それだけでは終わらない。帯のうたい文句「ハッピーエンドなんかいらない」が納得できる、大人の恋愛の物語。引きつれるような胸の痛みを伴う恋をした人、それにあこがれる人にはお勧めだ。今回もボーイズラブです、ご了承ください。

 新進カメラマンの祐仁は、担当編集者の千洋と出会い、軽い気持ちで誘って関係を持つ。祐仁には心酔していた写真の師匠・手塚と関係し、手ひどく捨てられた過去がある。手塚の予言「おまえは誰も愛せない」にひきずられ、千洋との恋愛に踏み込めない祐仁。千洋は初めて本気で恋愛にハマってしまった自分にとまどいつつ、傷ついても何度も祐仁の心に踏み込んでいく。

 恋はそもそも心を無防備にさらすものだ。その弱みをさらけだす強さがない者は、相手の心を得ることはできない。「溺れていくみじめな自分を認めきれずに逃げ出したり、自分から放り出したり」。プライドを捨てられなかった手塚は結局祐仁を失う。祐仁はひとりごちる。「なんで千洋だったんだっけ?(中略)千洋は嘘もごまかしもしたことがなかった 抱きしめられるたび体中がふるえた その強さと熱に」。さらけだされた千洋の思いはようやく祐仁の心を溶かす。

 相手を恋う数々のせりふに胸が痛くなる。1話完結のシリーズものとして雑誌に不定期掲載されたのだが、最初の1話の軽いノリから、回を追うごとにどんどん登場人物たちの感情が深くなっていく。本気になってくれない相手に溺れる自分がいやになる、嫉妬がないまぜになって手ひどいセックスでしか愛情を表現できない。自分の思いすら整理できずにとまどう千洋の姿がいい。そうだよねえ、大人になると「好き」だけじゃうまくいかないよねえ。ましてや祐仁は仕事柄、ふらりと海外へ長期ででかけてしまうんだもの。「私と仕事とどっちが大事!?」なんて陳腐なせりふも、頭をよぎっちゃうよねえ。

 最初、受け(要するに女役)の祐仁が、ヒゲをはやしてるのにビビって「ヒゲ受け?」と思ったが、中盤にはヒゲの理由も明かされ、意外な伏線に感嘆する。

 この作品の完成度の高さに惚れて、タクミユウの過去の作品を一気買いしたのだが、どれも短編集で、感想としては「まあどうにもこうにも」、であった。やはりある程度の読み応えはコミックス1巻分くらいは必要なのか。いやいや、そんなことはないはずだ、天下の萩尾望都先生は24ページで一人の女性の一生を描ききっているし(当コラム「あぶな坂HOTEL」の回をご参照ください)。

 この作品、私は「久々の大ヒット!」とほくほくなんだが、現時点でアマゾンでのカキコは2人だけ。私が普通の感覚と違うのか、それとも今の若い人には、あまりベッドシーンが濃厚でないこの作品は受けないのか。そもそも淡泊な表紙イラストとこの素っ気ないタイトルが、若い腐女子をそそらないのかもしれない。みなさん、とりあえずだまされたと思って買ってみてくださいよ、立ち読みじゃだめですよ! 第一回の軽〜〜い恋愛からがんがん深くなっていくんですから! いや、ほんと、久々のBL界期待の星です、私としては。

プロフィール

写真

松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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