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俎上の鯉は二度跳ねる(水城せとな)

2009年6月19日

  • 筆者 松尾慈子

表紙俎上の鯉は二度跳ねる[作]水城せとな

 前作「窮鼠はチーズの夢を見る」がでて早3年、ずっと私は続編を待ち続けていた。ようやくこの本を手にしてむさぼるように読んだあと、しみじみと「待ったかいがあった」と満ち足りた気持ちになった。オタク友達は「『風と木の詩』(竹宮恵子)以来の濃いボーイズラブ(BL)だわ!」と最高級のほめ言葉でもってこの作品をたたえていた。そんなBLです、しかも「SM」。

 主人公の大伴は、大学時代の後輩でゲイの今ケ瀬から執拗な求愛を受け、紆余曲折の後に今ケ瀬を受け入れて、なんとなく半同棲の生活に至る。と、ここまでが前作の話。今回はいったんは落ち着いた関係を続けていくことの難しさを描いている。

 二人の関係は、今ケ瀬が大伴に愛情を注ぎ、大伴がそれを受け入れる、というかたちで成り立っている。大伴がどんなに優しくしてくれていても「所詮大伴は女が好きな人だから」と不安が消えない今ケ瀬は、大伴に問う。「俺に恋愛感情があるんですか? それとも浴びるように愛される立場に味を占めたから 俺への気持ちの埋め合わせとして恋人ごっこをしてくれてるんですか?」

 わ〜。濃い〜〜い。中島みゆきの歌の「恋とさみしさの違いなど だれが分かるのかしら」ってフレーズ思い出したよ! 大伴の答えは「難しい質問だよ」。「自分を満足させてくれる相手を手放したくないと思うのは俺のエゴにすぎないだろう?」

 男女の恋愛だったら性欲や世の中の常識と相まって「愛か?執着か?」なんて白黒つけなくてもいい問題を、男同士ゆえに延々と悩んでしまうこのシチュエーション。しかも大伴はもう三十路なので、将来や親のことも考える。昨今のBLは「好きだから好きなんだ!」で深く悩まず終わる作品が多いけれど、基本はこれだよ。性欲も常識も抜きで「相手への愛情」があるかどうかが二人の関係を決定する、純粋な愛の形を、読者の女子たちはBLに求めているんだよ!

 途中、今ケ瀬が「俺が女だったらなあ」と妄想するショートストーリーが入るのだが、「女だったら、全然つまらない! 全然萌えない!」と私は思った。この男女の恋愛の魅力のなさはなんなんだろう、もちろん腐女子=女オタク限定なのだろうけれど。

 あとがきで、水城の真摯な漫画制作の態度を知り、また納得。「そこらの男性より条件のいいカッコイイ女性が私に熱烈に求愛してきたら? 応える自分の心が愛情かどうか、永遠に分からないんじゃないか」と想像した結果が大伴なんだそうだ。確かに、自分で想像しても、それは難しい。

 余談だが、この作品は携帯で読める少女漫画「モバフラ」で掲載された。私は正直、携帯で漫画を読む気にはどうしてもならず、読まずじまいでコミックスになるのを待ったのだが、一般的にはどうなんだろ。あの小さな携帯画面で漫画……、文庫漫画ですら苦手な私、永遠に慣れないような気がする。平成生まれのみなさんなら平気なのだろうか。

 さておきこの作品、買ってから私はほとんど毎日読み返しており、睡眠時間をめちゃめちゃ削られている、それほどの秀作だった。今現在、アマゾンのカスタマーレビューでも32人全員が星5つ! こんな作品があるだろうか! 特に三十路前後からそれを超えた女性には、男同士と嫌悪しないで読んでみてほしい! と強くおすすめしたい作品だ。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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