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愛くらいちゃんと(依田沙江美)

2009年9月11日

  • 筆者 松尾慈子

写真愛くらいちゃんと[作]依田沙江美

 このコラムに何度も登場している依田沙江美である。でも、いいじゃないですか、「偏愛」だって最初から言ってあるでしょう? しかも本書は「愛の深さは膝くらい」の続編なんだが、許してください、私は依田を応援したいんだよう〜。だって、彼女のような地味な味わいで、しかもエロが激しくないボーイズラブ(BL)漫画家は、昨今のエロ至上主義なBL界では埋もれてしまいそうで怖いんだよう〜。雑誌「ユリイカ」(青土社)のBL特集本でも取り上げられてなかったし! 偏愛ぶりにあきれた、もしくは「ボーイズラブはもういいよ」という方は今回スルーしてください、お願いします。

 高校の非常勤講師・石倉とツンデレ高校生・昴の行きつ戻りつのラブストーリー。石倉が「昴が高校生のうちは手を出さない」と決心したところまでが前作で、私はそれを「さすがモラリスト依田!」と評価した。果たして、さんざん女遊びを繰り返してきた石倉がそれを守れるのか。今回、石倉は昴に「ばれなきゃいいじゃん」と誘われてゆらぎ、「世の身持ちが堅い人ってなんなの?マゾか!?」と自らツッコむ。石倉を誘惑しようと、昴がお茶に酒を仕込む話なんて、子供っぽさと性欲のないまぜになった高校生らしくて笑えてしまう。まあ、イマドキの都会の高校生はもっと進んでるのかもしれないけど。

 私がなぜ依田作品をこんなに好きなのか、考えてみた。それは依田が描く登場人物たちの「生きづらさ」が、共感できるからだと思う。どの作品においてもコメディーで笑える要素をちりばめながらも、人間の心の底の黒い部分を表現してみせる。

 今回の作品でも、石倉の独白が胸に落ちる。「俺の人生に時折女の子が訪れては立ち去った 俺の中の洞(ほら)を見透かしたように でも平気だった(中略)そもそも人生っていうのは空しさに蝕まれながらこんなふうにやり過ごしていくものなんだろうと」

 依田作品の主要人物の一人はたいてい、自分の中の欠落を自覚していて、それを嘆く独白をする。明るい日差しの中にある陰のようなその暗さは、数ページ前で笑わされた分、強く胸に迫る。その反面、相手役はたいてい能天気で、暗い人物は救われるのだけれども。

 本書では結局、石倉は教員でありながら昴と関係を持ってしまう。だが、石倉がその後「テストの出来がよかったらデート」と通告して昴の成績を落とさせまいと必死になるあたり、やはりモラリスト依田! そうなのよ、よくある教師×生徒の恋愛漫画って、簡単に関係を結んで、教員側に良心の呵責がなかったりして、私としては「も〜〜許せない!」のだ。私も高校生の息子がいてもおかしくない年齢なんだもん。

 ところで、私が何度もコラムで依田を応援するには冒頭の件以外にもワケがある。依田は遅筆なんだか、妥協できない性格なんだか分からないが、雑誌で連載が終わったのに、コミックスになってない作品が多々あるのだ。指輪シリーズとか、真夜中シリーズとか! 雑誌を買ってなかった私としては、もう身もだえするほど悔しくてたまらない。掲載誌をコピーするために国立国会図書館に行きたいくらいだ。でも調べたのだが、出版元がちゃんと献本してないから、バックナンバー全部はそろってないんだよね・・・。依田先生。多少ご本人には不満な出来でもファンは全然構いませんから、これまでの作品をコミックスにしてくださいよう〜〜。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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