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いばら・ら・ららばい(雁須磨子)

2009年9月25日

  • 筆者 松尾慈子

書影いばら・ら・ららばい[作]雁須磨子

 ちょっと前に「空気読めない」って意味の「KY」って言葉があったね。そんな言葉がない昔から、KYを自覚していた私も、一生懸命空気を読もうとがんばってきた。でも、いつもカラカラ空回りして、結局自分が疲れるだけだった。そしていつしか、私は空気を読むことをあきらめてしまった。最近の「空気読めよ!」プレッシャーに翻弄される若者たちよ、君たちも40前になればきっとあきらめられる。でも、いま君たちは空気読まないといけないんだよね。KYを自覚する人は、きっと本書に共感できるだろう。

 本書は、生きにくさを抱えた女性たちを描いたオムニバスだ。中でも、とんでもない美人なのに不器用にしか生きられない茨田あいの物語が心に響く。無表情で動きが雑、迫力があるのでそのつもりはないのに周囲に恐ろしがられる。デパート勤務時代、同僚に「動物にたとえたら肉食恐竜」とまで言われてしまう。単純作業のアルバイトに転職して安らぎを得るなんて、胸が痛くなる。その彼女が、少しずつ理解者を得て、恋人を得ていく様をみていくのは本当にほっとできる。

 一方、平凡な顔立ちの平良は、観察眼がありすぎる分、自分を客観視しすぎて何をするにも「私ごときが」と思ってしまう。美人の茨田の生きにくさを見てほっとしてしまう自分の性格悪さを呪う。私は平良の卑屈さにも共感できる。登場する4人の女性たち、それぞれが心にトゲをもっていて、それが自分も他人も傷つけてしまう。

 雁須磨子の持ち味は、「ユルい」というかゆったりと進んでいく物語に、ふっと人の心のきれいな部分を表現しているところだと思う。それが本書では、生きるのに苦しい女性の気持ちが、チクリと胸が痛むほどリアルに描かれていて、切ない物語に仕上がっている。ボーイズラブや少女誌、青年誌と幅広い活躍をしている漫画家なのだが、代表作といえば、女子自衛官を描いた「どいつもこいつも」(白泉社)だろうか。ボーイズラブなら、ゆる〜いカンジで進んでいく「のはらのはらの」(大洋図書)が私はお気に入りだ。

 ところで最後にすいません、おばさんとして進言していいですか? 茨田は最初にデパートという空気読まなくちゃいけない職場を選んだのがいけないと思うの。私は昔から空気読めない自覚があったからこそ、協調性が必要な職にはつかないようにしようとがんばった。新聞記者になれたのは単なるラッキーだったけれど、実際、仕事はそれほど協調性を求められない。経験則からいって、専門性の高い職場ほど「空気読め!」プレッシャーは少ないと思うのよ。このコラムを読んでくれている、空気読むことに必死になっている若者たちよ、嘘くさいこと言うな、と思うなかれ。医者や弁護士は多少変人でも「まあ、頭いいからねえ」と許されているではないか。もちろん、私は医者にも弁護士にもなる頭はなかったが、それでも道はあった。ぜひ自分の適性をみたうえで技能を磨いて職業選択をしてほしいと思う。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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