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娚[おとこ]の一生(西炯子)

2009年10月9日

  • 筆者 松尾慈子

写真娚(おとこ)の一生[作]西炯子

 少女漫画において、最近はカレセンがはやりなんだろうか。本紙コミックガイドで南信長氏が紹介していたヤマシタトモコの「Love,Hate,Love.」(祥伝社)もそうだったし。ちなみに、カレセンというのは、枯れたような年代の男性を好む女性の嗜好のことだ。

 本書は正当派少女漫画からボーイズラブ、4コマギャグまで幅広く活躍してきた西の久々の長編だ。大手電機会社の管理職・つぐみは仕事はできるが恋愛には不器用。51歳の大学教授・海江田との奇妙な同居生活がスタートし、ゆるゆると恋がはじまっていく。不倫の恋に傷ついて「そういうのはしばらくいいわ」と語っていたつぐみの心が、超マイペースな海江田とのやりとりのなかでゆっくりとほどけていく様は読んでいて心地いい。舞台はつぐみが在宅勤務を選んだために、角島という田舎の設定なのだが、これは西の出身地の鹿児島であろう。川を温水が流れ、時間がゆっくり流れていく。のんびりした暮らしがつぐみを変えていく。

「練習やと思ってぼく相手に恋愛してみなさい」という、ホテルに連れ込もうとする、ストレートに求婚する。海江田の行動は、「女慣れした男のすることで、そういう男は50代まで独身のままではいないよ」と私はツッコミたくはなるが、物語の中ではそれがスレたカンジではなく、つぐみへの純粋な愛情として読めていく。つぐみが「飛び降りて死にたい」とつぶやくと、「掃除が難儀や」と70リットルのゴミ袋を差し出すあたり、若造にはできない対応だなあと感嘆する。この諦観ぶりと、時々みせる情熱的な恋心が、女ごころをくすぐるのかもしれない。

 田舎までつぐみを訪ねてくる同期の女友達・秋本とつぐみとの関係も、さわやかに描かれる。お互いに名字で呼び合い、仕事の中身も過去の恋愛歴も知っている。仲がいいけれど、お互いをライバルと思う気持ちも見え隠れする。傷ついたつぐみを秋本がそっと抱きかかえるシーンにはほろっとさせられる。

 人の孤独や傷を描くのは西の得意とするところだが、本書でもつぐみの心情が丁寧に描かれている。管理職まで上り詰めて大きなプロジェクトをやりとげるほど責任感がある一方で、どこか無防備で不倫の恋にはまってしまう。大きな虚無感を抱えているつぐみに、特に働く女性は共感できるだろう。西らしいデッサン力のある絵柄で、海江田の「年を取った男の色気」もきちんと描かれていて、それはそれでなかなか色っぽい。近く2巻がでるそうで、楽しみだ。

 ところで、西の洞察力の鋭さは、4コマギャグ「ひとりで生きるモン!」(徳間書店)でも発揮されている。本書のような正当派恋愛漫画とはまったく趣が違っているが、平凡な日常にひそかにツッコミを入れる、平凡だと思っていたものがいつの間にか奇異なものにスライドしていくような、世の中を斜めにぶった切る西らしい視点がギャグにまで昇華された傑作なので、ぜひこちらも手にとってほしい。

 ちなみに、「Love,Hate,Love.」のあとがきで三浦しをんが「現実に若い女とつきあう男は精神的に未熟な男」とコメントしていた。それには私、大いにうなずくところがあるが、三浦は「二次元では萌え」とも言っており、それにもうなずく。カレセン漫画の潮流はこれからどういう風に流れていくのか、期待を持って見守りたい。

プロフィール

写真

松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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