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女医のタマゴ(内田小鳩)

2009年10月23日

  • 筆者 松尾慈子

表紙女医のタマゴ[作]内田小鳩

 もし私が人生やり直せるなら、賢く生まれ変わって医者か弁護士になりたいものだと常々思っている。やりがい云々もあるが、ぶっちゃけ言うと最強の資格職業だと思うからだ。しかし、最近多くでている医療漫画を読むにつけ、生死を分ける厳しい現場であることが実感できて、生まれ変わったとしても私が耐えられるとはとうてい思えない。

 世に女医漫画は数あれど、本書は珍しい女子大医学部を舞台にした学園漫画だ。医療コミックの真剣さと、学園モノらしい初々しさが一度に味わえる、一粒で二度おいしい漫画なのだ。掲載誌はレディース誌「silky」。

 主人公の月島倫子は日暮里女子大学医学部の学生。サラリーマン家庭に育ち、奨学金を受けてアルバイトをしながら医師を目指している。私立大学医学部は初年度納付金が1千万円を超えるということで、まわりは医者の娘やお金持ちのお嬢様ばかり。セレブ学生と経済観念の違いを乗り越えて友情を築いていく様子や、医学部の実習などがコメディータッチで描かれる。

 人体解剖の実習では保存液のにおいに泣き、「皮下脂肪ってスクランブルエッグに似てたね ポロポロのほう…」と嘆く。病理組織のスケッチでは細胞を点で描き続け、腎臓機能の検査では、自分の尿を丸一日集めるために合コンにまで尿タンクを持って行き、合コン相手の男性にそれを見つかってしまう。医学生ならではの悲喜こもごもだ。医学部ゆえにテストも厳しく、テスト前の倫子の緊迫感は学生を経験した人ならばだれでも共感できるだろう。

 倫子は同じ大学病院の小児科医・生方に片思いをしているのだが、院内恋愛は禁止ということで、遅々として関係は進まないのがかえって読みやすい。最新刊の病院実習編では、倫子らは5年生になり患者を救いきれない無力感を味わいながらも、けなげに女医を目指していく。これからの倫子の成長ぶりが楽しみだ。

 ひるがえって現実をみると、勤務の厳しさゆえに女医の多くは出産を機に職を離れている。そして倫子の医学部にも、結婚にまつわる伝説「3分の1は幸せな結婚、3分の1は離婚、3分の1は未婚」が存在する。つまり3分の2は独身ってわけで、たとえ医師が最強の資格職業であっても、女性だと受難は避けられないのだなあと実感する。合コンの席でも、倫子側は「自分たちは外語学部なの」と嘘を言っていたし。「医学部なんていうたら男引くやんけ」だそうだ。

 「3分の1の伝説」。一人でも生きていけるように最強の資格職業を選ぶのか、それとも最強の資格職業についたがゆえに一人で生きていくことになるのか。もし私の人生がやり直せるのならやっぱり、一人でも生きていける職業を得たいと思うのだが、本来ならそんなことで悩まないですむ、男女平等、それに加えて、ワークライフバランスがとれる世の中になって欲しいものだ、とちょっと脇道にそれて思うのだ。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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