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星守る犬(村上たかし)

2009年11月20日

  • 筆者 松尾慈子

表紙星守る犬[作]村上たかし

 各界ですでに話題となっている本書。朝日新聞コミックガイドでも紹介されたが、やはりいい作品はいい。ぜひ紹介させていただきたい。

 思えば約5年前、このコラムが始まった当初に「ぱじ」で取り上げた村上たかし。小さな孫の女の子と彼女を育てるおじいちゃんとの4コマ漫画は、世の中のきれいな物だけを集めたような、小さな宝石箱のような話だった。娘を失った祖父と母を失った孫。二人は寄り添うように生きて、最後は少女の結婚式で幕を閉じた。その結末に読者はどんなにか心を温められたことだろう。その村上が初めて取り組んだというストーリー漫画。期待を裏切らず、やはり小さな宝物たちがきらめく宝石箱のような作品に仕上がっている。

 タイトルの意味は、犬が星を物欲しげに見ている姿から、「決して手に入らない物を物欲しげにみている人のこと」だそうだ。ひとけのない場所に放置された車の中から、男性の遺体と犬の骨がみつかる。男性は死後約1年、犬は約3カ月。物語は男性の過去へとさかのぼる。男性は妻と娘のため、まじめに仕事をこなし、帰宅すれば犬の散歩もする、ちょっと古くさいところもある「いいお父さん」。しかし、ささいなところから家族にほころびが出始める。妻の相談に「おまえの気の済むように」と、十分に応えているつもりが、妻にはそれが伝わらない。職を失い、病を得た彼に待っていたのは、妻からの離婚届。それから彼は犬とふたり、海岸線を眺めながら、あてもなく南を目指すドライブに出かける。助けた男の子に財布を盗まれても、犬の治療のためになけなしの家財を全部売り払っても、男性はちょっとヘコむだけですぐに立ち直る。「何もかもなくなったのに 隣におまえがいるからって ヘンに幸せだぞ」。そして彼は犬を残して旅立つ。

 あとがきで作者は男性のことを「ちょっと不器用だけど、平均的ないいお父さん。しかし、今ではそれが十分『普通の生活』を失う理由になりうるようで、本当につまらないことになってきたなあと思うのです」と書いている。確かに、作中の男性は、決して悪い人ではない。男性を支えなかった妻を責める読者もいるだろう。切なくて、切なくて、そしてひたすら男性を慕う犬のまっすぐさが胸に残る。

 男性の冥福を祈るとともに、年間30万の犬猫が処分されているという現状を考えてしまう。どの犬猫たちも、最初はこの犬のように暖かく家族として迎えられたであろうに。私も将来犬を飼う生活を望んでいたが、十分世話ができるように定年後にするよ! もし私より先に死んでも、最期までちゃんとみとってあげるから! とまだ居もしない飼い犬に誓いをたててみた。読み終えたあと、「何かにやさしくしてあげたい」、そんな気持ちにさせられる作品だ。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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