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AMETORA[雨寅](依田沙江美)

2009年12月18日

  • 筆者 松尾慈子

表紙AMETORA[雨寅][作]依田沙江美

 私がいま心から愛しているボーイズラブ作家の最新刊。「また同じ作家を紹介するのか!」というツッコミが聞こえて来そうだが、お許しください。だって、応援したいんだもの! ちょっと暗くて繊細で大人な物語を描ける依田。この魅力を、明るいボーイズラブばかりを読んでいる若い娘さんたちにも分かって欲しいんだもの。

 学問バカでダムオタクのトラと、こぎれいな雨音(あまね)は大学院のゼミ仲間。トラと雨音とその友人たち、男だけの合計5人で避暑地の別荘へ行くことになる。その中には病的なまでに嫉妬深い雨音の元カレと、ヘビーな失恋男がいるという。旅行の楽しさを装いつつ、平穏なはずの時間は少しずつほころびをみせていく。

 物語の終盤まで元カレと失恋男が誰なのか分からない。丸坊主で無職の悟志か、ソツのなさそうな佐当か。雨音がトラに好意を抱いているのが分かったのか、トラは小さな嫌がらせを受けるが、犯人は分からない。5人の中に犯人が混ざっていても、見分けがつかない。「普通」と「病的」との境目は意外なほどにあいまいなことを依田作品は示してくれる。

 結局、病的な元カレは更生できたのか分からないまま姿を消し、最後に失恋男が独白する。「ちっぽけな魂がいくつ社会からこぼれ落ちようと 世界はお構いなしに巡っていく 立ち上がるのか また? 何のために?」。依田作品では何度も出てくるテーマである。社会からこぼれ落ちる人間は身近にもいるのだということと、自分自身も社会から切り落とされる側とそう変わらない、紙一重の存在であることが、依田作品では何度も示されるのだ。

 そして、告白の決めぜりふが「あなたは素数だ」! こんな告白のせりふ、依田作品以外ではありえない! 未読の方には何のことか分からないだろうが、作品を通して読むと胸にストンと落ちるのだ。大学院生のトラと雨音、親しくなったのは分散コンピューティングで素数を探すプロジェクトに参加したのがきっかけだった。「雨音は俺なんかのどこがいいんだ?」とトラが問い、雨音の答えがこれである。なぜなのか自分でも分からない、それでも相手の魅力にあらがえない。自分以外に約数を持たない数字、素数を研究し続けている2人。研究テーマになぞらえて、相手の魅力を語る。うお〜、なんか理系萌えしちゃうよ。

 これらの要素が、さらりとしたコメディーの中にちりばめられているのである。やはり依田作品はすばらしい、と読了して満足感。そしてオタク友達と話し合い「今回もすばらしかったね」と確認しあった。でもお互いに思ったことは「この魅力は多分若い子には分からないよね」。そうなのだ、この暗さ、最近のボーイズラブ界では決してメジャーにはなれない。

 でも私は依田作品に共感する! だから作品を描き続けてください依田さん! そして可能なら過去の連載をコミックスにまとめてください。ひとつの連載が終わるたびに、「次もちゃんと作品を描いてくれるのだろうか」と心配になっているのです。ああ、もしそうすれば彼女の作品が完成するというのなら、彼女の住む地、秋田まで私が行ってアシスタントをしたいくらいだわ。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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