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百姓貴族(荒川弘)

2010年2月5日

  • 筆者 松尾慈子

写真百姓貴族[作]荒川弘

 「鋼の錬金術師」(略称・ハガレン、スクウェア・エニックス)の人気漫画家・荒川弘は、漫画家になる前は北海道で7年間、農業を営んでいた! これだけでも驚きだが、その農業生活を赤裸々に描いたエッセー漫画を出したという。さっそく手に取ってみると、思わず爆笑+落涙。泣かせる話はないのだが、日本の農家の実情を知ると、その労働の過酷さと日本の農業政策の無策さに思わず涙してしまう。これを読んだその後は、食事のたびに「お百姓さんに感謝!」と思うこと間違いなしなのだ。

 荒川の実家は酪農と畑作の両方をやっていて、主な生産物は牛乳とじゃがいも。秋の収穫期になると、朝5時に起きたら牛の世話、畑仕事、夜には野菜箱詰めと働きどおしで、就寝は午前0時。さらに余裕があればほかの農家へ手伝いに行くという。「農家って大変」という一般的なイメージそのままの生活だ。だが荒川は「年中無休だし肉体労働だし大変っちゃー大変ですけど好きでやってましたから」。物価は上がっても牛乳買い取り価格はなかなか上がらない、いびつな野菜はくずとして処分される切ない境遇だが、消費者の「おいしい」の一言でがんばれるというのも泣かせるではないか。

 タイトルの意味は、荒川家はイモも大根もカボチャも山芋もキャベツも買ったことがない、あらゆる野菜を物々交換で手に入れていた、非農業の人に言わせれば「この百姓貴族め!」となるわけだ。東京に出てきた荒川貴族様の冷蔵庫は100パーセント国産牛肉で満杯さ。でも冷蔵庫はからっぽなの。野菜を買う金はない。

 家族経営の農家のこと、荒川一家が登場するのだが、中でも抜きんでて父の存在はすばらしい。子供たちには小学校前から農作業機のハンドルをさわらせるなどあらゆる生活技能を実地でたたきこみ、自分は真冬の北海道でパンツ一枚で夜中に牛舎に行けるという猛者(もさ)! 荒川に「この親父殿には一生どころか来世でも勝てねえ」といわしめる。父を超えられないとはいえ、荒川も農家ぶりもすさまじい。「私の血には牛乳が流れているのだよ」。帯にあるこの名言を肝に銘じたまえ!

 ちなみに、私も農業にあこがれ、不耕起農法という、田んぼも畑も一切耕さない方法で、かつ農薬を使わない、という自然農法を教えてくれる塾に通ったことがある。しかし何しろ草取りが大変で、かつ、田んぼは水の管理も大変で、2年でばててしまった。農家の後継者不足は深刻なのだが、「ある農家が派遣切りにあった7人を雇い入れたら3日で全員辞めちゃった」という。やっぱり農業って過酷だものねえ。

 ともあれ本書は農業のリアルを感じられる貴重な一冊である、ぜひ手にとって欲しい。

プロフィール

写真

松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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