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海月姫(東村アキコ)

2010年4月30日

  • 筆者 松尾慈子

写真海月姫[作]東村アキコ

 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの東村アキコ。「ママはテンパリスト」で育児マンガとしては異例のシリーズ累計74万部を突破、テレビや雑誌でその顔を見ない日がない、というほどの活躍ぶり。加えて、本業では週刊連載と月刊連載を数本。これだけでも人間業とは思えないのだが、それが4歳の男の子を子育て中のママさんの仕事というのだから恐れ入る。腐女子(ふじょし・オタク女子の俗称)を描いて話題を呼び、アニメ化されている本作も、育児疲れをまったく感じさせないテンションの高さとギャグの冴(さ)えぶりなのだ。

 クラゲを愛する18歳の月海(つきみ)が住むアパート・天水館は男子禁制で、そこの住民たちは全員筋金入りのオタク女子。ところが、月海が溺愛(できあい)するクラゲ・クララの危機を救ってくれたオシャレ女子を部屋に泊めると、なんと正体は男性だった。蔵之介と名乗る彼は天水館に興味を持って女性と偽ってたびたび訪れるようになる。オタクが最も苦手とするオシャレ人間が入り込んで来て、最初は固まっていたオタク女子たちだが、少しずつ変化が現れる。

 いや〜、ホント、私は読んでいて胸が痛い。腐女子の生態があまりにもリアルに描かれるので、私の恥部をのぞかれているようでとても痛いぞ! 鉄道、枯れ専(老年男性を愛する趣味)、和服など様々な種類のオタク女子が集う天水館の中でも、三国志オタク・まややが特に抜きんでた存在感をはなっている。すべてのことを三国志にたとえるしゃべりのテンションの高さと、必ず伴われる怪しい手の動き。ああもう、本当に典型的オタク女子。私も人生で最もオタクだったときはアレに近い存在でしたよ。

 でもね、オタク女子として説明させていただくと、あのテンションの高さと動きは、外界と接する極度の緊張を和らげるための、オタクなりの方法なんですよ。外界と接するのが怖いためにかえって過剰なアクションをするっていうのが、普通の感覚の人には分からないかもしれないけれど。

 さて、普通の感覚の人・蔵之介が、やってはいけない質問のオンパレードをするのも恐ろしい。「ここの人たち仕事何?」「何歳?」。この質問に血涙を流しながら答えるまややが切ない。収入源は「仕送りだ!」。そして月海以外はみな「団塊ジュニア世代=30代」。一般社会とはかなり隔たって生きている彼女たちが、蔵之介の存在で変わっていく様子と、月海の恋愛模様がギャグ満載で描かれる。といってもオタク女子だから、なかなか変われないんだけどね。

 しかし、このマンガを読む人はいったいどういう人たちなのだろうか。「わ〜こいつらってオタク〜」と笑いとばす人だろうか。「うう、私と同じ」と胸を痛くする腐女子だろうか。私は明らかに後者なのだが、後者ばかりだとこんなにこの作品が売れているわけがないから、きっと前者の読者もいるのだろう。そう思って読むと、私自身が笑われているようで切なくなる、そんな気持ちにもなる作品なのだ。

プロフィール

写真

松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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