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「きみぺ」超えるスケート漫画 キス&ネバークライ(小川彌生)

2010年6月25日

  • 筆者 松尾慈子

画像キス&ネバークライ[作]小川彌生

 ドラマ化もされた「きみはペット」(略称・きみペ)で有名な小川彌生。「きみペ」で小学館漫画賞を受賞し、食のエッセー漫画からファンタジーまで幅広いジャンルで活躍していて、「小川作品がおもしろいことなんて知ってるよ!」と漫画好きな方からはツッコまれそうなんですが、でもこのスケート漫画「キスネバ」はホント、おもしろいんですよ! 「スポ根でラブコメでミステリー」っていううたい文句は本物で、私は試合シーンのたびに手に汗にぎり、事件の謎解きに引き込まれ、キャラクターたちのたわいない会話にクスッと笑わされるのだ。というわけで先日8巻が発売され、やっぱりおもしろかったので、ご紹介させていただきたい。ちなみに、タイトルはスケート選手が競技後に採点を待つ席「キスアンドクライ」に由来している。

 主人公黒城みちるはアイスダンスの選手。幼少時に誘拐され、ある殺人事件に巻き込まれたうえに義父からの虐待をうけ、心を閉ざしていた。一方、みちるのアイスダンスのパートナーとなった四方田晶(ひかる)はその殺人事件の被害者の弟で、みちると晶はパートナーとしてのきずなだけでなく、同じ事件の痛みを抱える身として固く結ばれていく。また、みちるの思い人で幼なじみの春名礼音(れおん)は本業はモダンバレエのダンサーなのだが、みちるたちの振り付けも担当し、晶との関係を複雑な思いで見守っている。

 主軸はスケートを通したみちるの成長ぶりと人間模様なのだが、いまなお解決していない殺人事件も重要なテーマであり、折に触れてみちるの心を脅かす。物語はときに緊迫する一方で、笑える場面もちりばめられており、ちょっととぼけた性格のみちるのボケっぷりや、みちるのコーチのマリー・ダンドワがしばしば怪しい日本語で言い間違いを連発する(「吐血モナク練習シマシタ」「ホモバシる恋の情熱!」)など、笑わせてくれる。スケート漫画と銘打たれてはいるが、殺人事件、虐待、スケート、恋愛、すべての要素が無理なく物語に盛り込まれており、これをまとめる小川の筆力に敬服してしまう。とにかく、読むたびにドキドキさせられるのだ。

 また、小川のアイスダンスへの深い愛情にも頭が下がる。アイスダンスというのは単に「ジャンプしない」というだけでなく、ステップやリフトにいろいろ細かい規定がある競技らしく、小川はこれをふまえた上で振り付けをつくり、物語を作り上げる。作中、礼音の振り付けで新しいリフトに挑戦するが、晶の腕が上がったと判定され違反になり、減点されるというエピソードもでてくる。スポーツ漫画なら当然といわれそうだが、これだけ競技の規則や歴史を取材し、それを物語に反映させるのは本当に大変なんじゃないだろうか。コミックスでは毎巻、巻末にフィギュア用語集があるのだが、これがまた複数ページにわたりびっちり書かれていて、ついでに、参照ページが書かれているのもすごい。

 キスネバ、私が新刊を心待ちにする最愛の漫画のひとつなのだが、なぜかうちの近所の本屋では、新刊がでても平積みにならない! なぜだ!? 意外に売れてないの? 私の中では「きみぺ」を超えているのに! 物語が複雑すぎるから? ドラマ化されてないから? スケート場面が難しいからドラマ化は無理なんだろうよ〜。シンプルな表紙に敬遠されているのかもしれないが、ぜひみなさんに手にとってもらい、ともに語り合いたい漫画なのだ。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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