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苦しみと許し、感動深いBL 美しく燃える森(依田沙江美)

2010年7月9日

  • 筆者 松尾慈子

写真美しく燃える森[作]依田沙江美

 とうとう出ました。私のこの胸が震えるような喜びをコラムの読者さまとも分かち合いたい! ボーイズラブ(BL)でしかもシリーズ物の3巻目を紹介するなど約束違反も甚だしいとは思いますが、私はこの本を実に4年近く待っていたのです、お許しください。読了して満足、そして読後感にひたりたいがために読み返すのを我慢して、脳内でストーリーを再生するというワケの分からない行動に出てしまいました。それほどまでにいつも私を狂わせるのです、依田作品は。

 本書は私が心から愛する漫画家の一人、依田沙江美の最新刊。編集者の昇と画家の勇気の、くっついたり離れたりの恋物語「真夜中を駆けぬける」シリーズの3巻になる。しかしこれだけ読んでも十分話が分かるのでご安心を。主人公が社会人だけあって、恋愛だけでなく仕事への姿勢や生き方、家族との関係もしっかりと描き込まれており、大人の読者の方も共感する場面が多いこと間違いなしだ。

 週末同居を始めた昇と勇気。順調に日々は過ぎていたがある日突然、昇の片目が突然開かなくなってしまう。勇気は心身症かと心配し、気分転換に陶芸教室に誘うが、そこで思わぬトラブルに巻き込まれたことをきっかけに、昇の封じていた記憶がよみがえる。自分の過ちを思い出し、独白する昇のセリフがこれだ。

 「ずっと長い間 俺(おれ)は傷ついていた 自分を許したかった」

 依田作品でしばしばでてくるテーマだ。求めるものは「許し」。依田作品の人物たちの幾人かは自分が欠落した人間であることに、自分が告解すべき罪を背負っていることに苦しんでいる。そして罪を周囲に隠すことでさらに罪悪感を感じ、許しを請うている。ちまたで流行する「癒やし」などではとうてい追いつかない深い苦しみを背負った人物を、その苦しみの深さを、依田はざくりと描いてみせるのだ。しかも深さを描きつつ、コメディーの要素もちりばめているのだから、その力量やすごい。

 かくて、昇は過去を思い出したことで自らを回復させる。許しを与えるのは神でも恋人でもなく、あくまでも自分なのだ。

 しかし、この深さと主人公たちの自立っぷりが今のBL界では主流ではないので、依田はメジャーになれないのかな、とも私は寂しく思うのだ。こんなにすばらしいのに〜! 勇気をだしてぜひみなさん手にとって欲しい、エッチシーンはあんまりないですから!

 余談になるが、本当に私は本書を手にできる日が来るとは思わなかった。ある回では下書きのままで雑誌掲載、そして掲載誌は休刊。コミックスは予告が出たものの発売延期。このままお蔵入りかとあやぶんでいたので、今回、無事出版されて本当にうれしい。この調子で、ほかの単行本化されてない連載もぜひまとめてほしい、依田さん!

プロフィール

写真

松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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