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昭和浪漫BLにドキドキ 幻月楼奇譚(今市子)

2010年7月23日

  • 筆者 松尾慈子

写真幻月楼奇譚[作]今市子

 2回続けてボーイズラブ(BL)を取り上げることをお許し下さい。しかし、本作の主人公の2人はコミックス1巻がでてから6年もたつというのに未遂の関係。しかも、時代物で幽霊譚でミステリーと、ラブ以外の要素も盛りだくさん。物の怪(もののけ)が見える青年・律の幽霊譚「百鬼夜行抄」で人気の今市子ですが、今市子のBLもいいのだと、私は強く主張したいのです。

 時代は昭和初期、老舗(しにせ)みそ屋の若旦那(だんな)升一郎は、幇間(たいこもち)与三郎がお気に入りで、吉原の茶屋「幻月楼」で逢瀬(おうせ)を重ねるが、なかなか関係はすすまない。しかもなぜか2人がそろうと、殺人事件や幽霊さわぎが巻き起こる。加えて与三郎は金のためならなんでもするような曲者(くせもの)で、升一郎を憎からず思っていながら、金稼ぎのため升一郎を蚊帳の外にしてしまうこともある。戦争の気配がない「なんちゃって昭和初期」の華やかな吉原で繰り広げられる、大人の2人の恋の駆け引きだ。

 隔月刊の雑誌「Chara」に不定期連載されていて、作中の時間は遅々として進まないが、それもまた味になっているような気がする。ほんのときどきにみられるキスやひざ枕、抱擁にもドキドキさせられる。

 今月でた3巻では、成仏しきれない芸者の幽霊が、道連れに一緒に死んでくれる男を探している。それに加えて12年前に行方不明になった少女と、数十年ごとに現れる同じ顔をした3人の女。与三郎はこの女たちとかかわりを持つ上原家から依頼を受けて関係を調べるが、幾つもの謎が重なって容易に読み解けない。物の怪がみえる能力を持つ与三郎は、升一郎の身を案じて遠ざけようとするが、直接には言えない。「言えますかい、そんな照れくさいこと」。与三郎と升一郎の恋をからめつつ、ひとりの女の情念がうんだ謎が解き明かされる不思議に酔って欲しい。

 今市子作品においては、物語が難解すぎて、1回読んだだけでは理解しきれないことがたまにある。本シリーズはまさにそれで、「スルメのようにかめばかむほど味がでる」と思うべきか、「もっと物語を整理しろ!」と思うべきなのか、いつも迷うが、私は前者だから今作品は必ず読んでしまうのだろうなあ。

 余談だが、3巻のあとがきがふるっている。与三郎得意の怪談仕立てで話すのは、漫画制作の裏側。「二つ三つと締め切りが重なって もちろん正直に三つ股とは言えませんや」「お友達の話ですが 印刷の都合上まだストーリーもできてないのに ラストの6枚だけ書き上げることもあるわけで 果たして真ん中でうまく物語がつながるもんなんだか」「このあとがきも 相当ぎりっぎりらしゅうございますよ ああこわいこわい」。最近とみに多作になってきた今市子が描くと真にせまる恐ろしさを感じさせる話だ。

 ところで、私が現在とても恐怖を感じているのは、私がこの「幻月楼奇譚」をこのコラムに取り上げたことがあるかもしれない、という疑念がぬぐえないことだ。このコラムを足かけ6年も続けているのに、過去の原稿は散逸してしまい、そして私の記憶力もまったく頼りにならないので、確認のしようがない。ああこわいこわい。もし既出だった場合には……みなかったふりをしてください。

プロフィール

写真

松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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