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華やかな大正の描写と密度濃い物語に舌を巻く 怜々蒐集譚(石原理)

2010年8月6日

  • 筆者 松尾慈子

写真怜々蒐集譚(れいれいしゅうしゅうたん)[作]石原理

 ときは大正末期、東京を舞台に、不思議なあやかしたちが巻き起こす事件を、ひょうひょうとした挿絵画家の出泉(いでいずみ)とその仲間たちが解決していく。こう書くと、前回紹介した今市子の「幻月楼奇譚」と設定が重なっていると思われるかもしれないが、少々違った趣の話に仕上がっている。とりあえず、ボーイズラブ(BL)ではないので、男性諸氏にオススメしやすい。掲載誌「クロフネZERO」がBL雑誌で有名なリブレ出版だからか、ちょっぴりBL風味ではあるのだが。

 主要人物は、出泉のほか、真面目な新人編集者で霊にとりつかれやすい体質の南、霊感体質の女形・葛葉(くずは)の3人。和装の出泉に洋装の南。彼らはときにちんちん電車をのり逃がし、火急の用では車に乗る。大正時代らしい華やかさと古めかしさが場面の端々にちりばめられ、読んでいて実に楽しい。石原がこの8月にでた2巻のあとがきで「外国の文化とのゆるやかな交配が東京や横浜あたりにどんな混沌と猥雑さをもたらしたかと想像するとワクワクしてきます」と書くように、背景や効果など画面の描き込みぶりからも、この時代の雰囲気を伝えようと、石原自身が楽しんで描いているのがみてとれる。

 今回特筆したいのは、2巻に収録された「寓話の飼育」だ。この物語だけは大正12年におきた関東大震災の後という設定になっている。女性13人を殺害した死刑囚は、「人魚の太ももを食べたので、私は死ぬことはありません」と書く。出泉はその死刑囚の手記を手に入れ、連続殺人事件の真相をさぐる。出泉は子ども時代、偶然にもその事件の現場となった屋敷に入り込み、監禁されていた被害者から助けを求められたものの、助けられずにいたからだ。出泉はその屋敷の地下で不気味な人魚の姿を目撃してもいた。

 震災で刑務所が倒壊して出てきた身元不明の焼死体、足の悪い老女、地下水槽に住む人魚。様々な要素が盛り込まれ、たった32ページの短編ながら、密度の濃い作品に仕上がっている。手記の謎を解いた出泉が生き証人にたどり着き、人魚の正体が分かるラストまで至ったとき、読者は物語に登場した様々な小物のすべてに意味があったのだとようやく分かる。石原の筆力に舌を巻くばかりだ。

 1巻がでたのが08年だから、実に2年ぶりの続刊になる。次もまた数年待たされるのかもしれないが、十分待つに値する作品であると思う。私は石原作品の中でも一、二を競う傑作だと思うのだが、なぜかネット書店のランキングをみてもあまり人気がないらしい。ラブの要素がないから? それともタイトルが読めなくてネット検索できないから? せっかくの良書なのに〜。

 近年の石原理作品は、なんというか、カドというかきついクセがなくなって読みやすくなった。以前はまるで思春期の青年のようにトンガっていて、読む者を寄せ付けないような何かがあった。この変化は単に彼女が年を取ったことによるものか、出産育児という経験によるものか。とりあえず、この8月には石原の「逆視眼」(フロンティアワークス)も2巻がでるというので、楽しみにしておきたい。

プロフィール

写真

松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、名古屋本社報道センター記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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