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2011年8月12日
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漫画偏愛主義

過酷で楽しい農業高校グラフィティー 銀の匙(荒川弘)

文:松尾慈子

表紙:銀の匙[作]荒川弘(小学館)拡大銀の匙[作]荒川弘(小学館)「銀の匙」を楽天で検索

写真:(C)荒川弘/小学館拡大(C)荒川弘/小学館

イラスト:(C)荒川弘/小学館拡大(C)荒川弘/小学館

 「鋼の錬金術師」(スクウェア・エニックス)をヒットさせた荒川が次に手がけたのは、農業高校を舞台にした青春グラフィティー。何しろ荒川は農業高校卒で実家は農家。実体験を基にしていると思われる過酷な農業の日々と、主人公たちの成長が楽しく読める。当たり前なんだが、改めて「食べ物は工場で作られているのではないのだなあ」と実感させてくれる、農業コメディーなのだ。

 主人公の八軒は、都会育ちながらも「家から離れられるから」と大自然に囲まれた大蝦夷農業高校酪農科学科に入学し寮生活を送る。子牛を助けようと校内で迷子になり、鶏は便も卵も同じ穴から出すと知って驚愕。学力では学年1位になりながらも、酪農家、獣医、農業経営と、現実的な夢をもって進む同級生たちの姿に焦りを感じるなど、若者らしい苦悩をもって日々生活している。

 農業の経験のない八軒は、子豚のかわいらしさに心奪われ、愛情をかけて育てようと決意するが、周囲は「その子に名前つけちゃダメだよ?」という。「名前つけて特別視するとあとでしんどいよー」。結局、愛着を持たないよう「豚丼」と名付けるのだが、その子が食肉になるのはたった3カ月後と知って倒れる八軒に、さらに「去勢手術」という過酷な実習が追い打ちをかける。

 家畜に愛情がなくては続けられない仕事だが、愛情を持ちすぎても続けられない仕事なのだろう。農業は必ずしも日々の努力が報われるものではない。天候や疫病、市場の状態に左右される、正直言ってリスクの大きな産業だ。なのに家畜舎実習などでは朝5時起き、後に八軒が入部した馬術部は馬の世話のため4時起きなのだ。先生は家畜に対する農業学生のヒエラルキーを「下どころではない!! おまえらは家畜のドレイだ!!」というが、きっとこの言葉は荒川の魂の叫びなんだろう。

 八軒がほのかに思いを寄せる女子生徒・御影、酪農家を継ぐ駒場、気弱ながらも獣医師を目指す相川、むっちむち女子・稲田多摩子ことタマコなどなど、個性的な面々が物語をさらに盛り上げてくれる。彼らを導く学校の先生方も、顔が鶏のニワトリ先生、大仏さまの中島先生などなど、こんな学校ならさぞ楽しかろうという面々だ。

 ここまで書くと、農業大学を舞台にした「もやしもん」(石川雅之)を連想させるかもしれないが、話が進まないことを楽しむ「もやしもん」にやきもきしているあなたなら、さくさく話が進む本作もおすすめである。さすが掲載誌が「少年サンデー」。

 荒川のエッセー漫画「百姓貴族」を読むとさらに楽しさ二倍になる。二つ併せておすすめしたい。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、大阪編集局記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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