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2011年9月23日
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漫画偏愛主義

あきらめることは難しい 不妊治療、やめました。(堀田あきお&かよ)

文:松尾慈子

:不妊治療、やめました。〜ふたり暮らしを決めた日〜 [作]堀田あきお&かよ(ぶんか社)拡大不妊治療、やめました。〜ふたり暮らしを決めた日〜 [作]堀田あきお&かよ(ぶんか社)「不妊治療、やめました。〜ふたり暮らしを決めた日〜」を楽天で検索

イラスト:(C)堀田あきお&かよ/ぶんか社拡大(C)堀田あきお&かよ/ぶんか社

イラスト:(C)堀田あきお&かよ/ぶんか社拡大(C)堀田あきお&かよ/ぶんか社

 本作は、タイトルの通り、著者夫婦が約10年にわたって続けた不妊治療を語ったエッセーコミックである。「今年1番泣ける」と帯にあって、私はそういうアオリ文句は嫌いなのだが、読み進めるうちに涙があふれてきた。耐えること、がんばること、そしてあきらめること。それらを乗り越えた先には夫婦の絆があった。特別いい人なわけじゃない、普通の人が紡ぎ出す、人生の苦しみときらめきが描かれている。

 1991年2月、29歳のかよが子宮内膜症で倒れるところから物語は始まる。手術後に甲状腺ガンの疑い、そして不妊症の診断。長い長い不妊治療の始まりだった。

 当初、あきおはかよに言う。「てめーは顔も悪けりゃ愛想も悪い(中略)おまけに病気ばっかしやがって あげくの果てに不妊症かよ!!」。しかし、あきおは変わっていく。ご近所医院から始まって、有名な漢方医、最先端の不妊治療専門病院、そして天下のKO大学病院と、途中ではなかなか降りられない不妊治療の階段を二人で上っていく中で、時に屈辱的な治療に耐え、そしてそれを上回る苦痛に耐えてきたかよを間近で見てきたあきおは変わる。

 KO病院で痛みに耐えるかよを、ある看護師が「弱虫ちゃん」と笑った。あきおは涙をためてこう言う。「こいつのこと何も知らねーくせして何いってんだ! こいつはガマン強え女なんだよ(中略)こいつが痛がってるってことはよほど痛いってことなんだよ!!」。背負われて帰るかよは、泣きながら言う。「さっきあんな怒ってくれてありがとね」。 不妊治療は原因が分からないことも多い。堀田夫妻も結局、原因は分からないままだった。だからこそ、女性であるかよの方が「アキオに子どもを持たせてあげたい」という気持ちが重くのしかかってしまうのだろう。「来月はできるかもしれない もしかしたらもしかしたら そんな思いでなかなかあきらめきれないまま5年10年とたってしまったけれど」。

 そう、あきらめることは難しい。生殖医療の最先端では、お金と根性があれば、他人の卵子をもらったり、ほかの人に自分の卵子を妊娠してもらったりして、高齢になっても自分の子供を持てる可能性はゼロではなくなってきた。「でも、どんなに無理してでも欲しい人には、治療終了のタイミングがさらに分からなくなってシンドイだろうと思うんです。これって福音なのかな? (中略)・・・私には辛すぎるな」

 そう、ちまたには「夢を持て」という言葉があふれている。でも、あきらめることは時としてがんばるよりも難しい。あきらめることを選択した二人には、おだやかな生活が待っていた。不妊治療に関心がない人にも手にとって欲しい1冊だ。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、大阪編集局記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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