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2011年12月30日
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漫画偏愛主義

発達障害の生きづらさが涙を誘う プロチチ(逢坂みえこ)

文:松尾慈子

イラスト:プロチチ[作]逢坂みえこ(講談社)拡大プロチチ[作]逢坂みえこ(講談社)〈『プロチチ』を商品検索〉

イラスト:(c)逢坂みえこ/講談社拡大(c)逢坂みえこ/講談社

イラスト:(c)逢坂みえこ/講談社拡大(c)逢坂みえこ/講談社

 ひと言で言うと、育児漫画だ。しかし、育てるのはママではなく、専業パパであるという点が多くの育児漫画と違う。アスペルガー症候群の男性・直が、編集者として働く妻・花歩(かほ)との間にできた一人息子・太郎を、専業パパとして育てる日々を描いている。

 アスペルガー症候群とは、ざっくりいえば、知的には問題がないのに、社会性が学べない、臨機応変に対応できないなどの症状を抱えることである。対人関係が築けないなどの困難があり、本人は生きづらい。直も生きづらさを抱える一人で、一流大を卒業して就職するが、お世辞を言えない、人の顔を覚えることができない、などが問題となって職場を追われてきた。

 基本、育児の日々を描いたコメディーなのだが、随所で描かれる直の生きづらさが涙を誘う。最近涙もろい私は電車で読んでいて泣いてしまった。

 赤ん坊が泣き続けている。なぜだろう。ミルクを1回とばしたからか? 散歩にいかなかったからか? このまま死んでしまうのか? 直は不安が引き金となってパニックに陥り、過去の辛かった場面が脳裏にありありとよみがえってくる。特有の症状ではあるのだが、不安の悪循環に陥ることは誰でも覚えがあるだろう。そして、「発達障害ではないか」と言われた場面を思い出し、ネットで調べて、アスペルガーの顕著な症状すべてが自分にあてはまる、と愕然(がくぜん)とするのだ。

 「怠けていたわけじゃなく、性格が悪いわけでもなかったんだ」と帰宅した花歩に喜んで報告する場面が胸に痛い。これまでどれだけ自分を責めてきたのだろう。

 敏腕編集者として残業続きで登場場面は少ないが、花歩の存在は大きい。辛い場面ばかり再生する直の脳は、直を肯定してくれる花歩のひと言で、一転して幸せなシーンばかりを再生する。結婚式、太郎の誕生、海でのデート・・・。「楽しいもの美しいものばっかりだ 僕の脳はまんざらでもない 少なくとも今日は嫌いじゃない」と直は思うのだ。直とともに、読者も一挙に救われる。

 花歩は直がアスペルガーと気づいていたわけではなく、ただその誠実な人柄を愛した。直の対人緊張を陰で笑い物にしていたママたちに花歩が言う。「あの人が口に出すのはホントのことだけ ヘンどころじゃない 特別まともな人なのよ」。こんなに堂々と自分のことを肯定してくれる人を伴侶として得た直はなんと幸せ者なのだ。

 著者の逢坂は来年でデビュー30年。彼女の代表作「永遠の野原」「ベル・エポック」などと青春をともに過ごしてきた私にとって、彼女は常に私の一歩先をゆく、先輩のような、ちょっと見上げるような存在である。実生活でも、彼女は1男の母と聞く。これを男性誌「イブニング」に掲載してくれてありがとう。世の男性たちに、育児の大変さと、アスペルガーの生きにくさを身近に教えてくれて。逢坂でなくてはこの真実をコメディータッチで描くことはできなかっただろう。続巻が待たれる作品である。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、大阪編集局記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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