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2012年7月13日
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漫画偏愛主義

むずがゆいほどの幸福感 小津くんのヰタ・セクスアリス(カシオ)

文:松尾慈子

写真:小津くんのヰタ・セクスアリス(c)カシオ/エンターブレイン拡大小津くんのヰタ・セクスアリス(c)カシオ/エンターブレイン〈カシオ『小津くんのヰタ・セクスアリス』を検索〉

イラスト:(c)カシオ/エンターブレイン拡大(c)カシオ/エンターブレイン

イラスト:(c)カシオ/エンターブレイン拡大(c)カシオ/エンターブレイン

 今回もボーイズラブ(BL)です、すみません。お嫌いな方はどうぞ見逃してやってください。

 私は女なので、残念ながら男性にとっての「自分が童貞である」ということに対する見解が、なかなか想像できない。とりあえず、私にとって「処女である」ということは、特段深いコンプレックスには結びつかなかったように記憶している。まあ、それは時代のせいと、私が真性のオタクであったからかもしれないが。この作品を読むと、作者が女性であることを差し引いても、おそらく男性にとっては深いコンプレックスなのだなあ、と感じさせられる。それほどに、童貞男、小津の反応は、リアルに感じられるのだ。

 主人公・小津は、30歳にして彼女なし、それどころか女性経験もまったくなし。それがコンプレックスだったのだが、たまたま、超イケメンの友人・蘭(あららぎ)に童貞であることがバレてしまう。「もう生きていけない」と嘆く小津に、蘭が「俺も女性経験はないしなあ」と返すと、小津の表情がぱあっと輝き、一気に2人は親密度を増す。もちろん、BLなので、蘭に女性経験がないのはヘテロ性愛者でないせいなのだが。

 小津は悩みやすい性格で、「なぜ自分には『ない』のかをヒマさえあれば考えていた」。職、親友と呼べる存在、恋愛経験。「誰にも特別に思われない」。一方の蘭はイケメンの上に定職あり、合理的思考の持ち主。優位さで言えば、蘭の方が明らかに優位にあるはずだ。

 なのに、読者の目には、全てをスマートにこなす蘭に寂しさを覚え、小津が愛すべき存在として映る。その思考の単純さ、経験なさゆえの純真さ、自身の欠落ばかりに目を向けてしまうマイナス思考ぶり。蘭の「おはよう、おやすみメール」など積極的なアプローチに小津がほおを染めるシーンは、私自身の純真だったころを思いおこさせられて、読んでいるこちらまでほおを染めてしまった。大事にされる、という扱いに居心地の悪さを感じながらも小津が心を溶かされていく過程は、むずがゆいほどに幸福感がある。

 線も荒いし、画面は特別きれいというわけではないが、なぜか色気がある。3話で完結してしまうので、ラストまで読むと「ええ!?ここで終わり!?」と未消化感があるのだが、まあ、それはご愛敬としましょう。

 ちなみに、私はこの作品をネットで調べて、初めて「アホの子受け」という言葉を知ったよ。ちょっと天然ボケが入った子が受け(男女でいうと女役)という意味だけれども、そうか、そういうジャンルがあるのか。小津くんは「アホの子」でくくられてしまうのか。なんか寂しいぞ。

プロフィール

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松尾 慈子(まつお・しげこ)

1992年朝日新聞入社。金沢、奈良支局、整理部、学芸部などを経て、現在、大阪編集局記者。漫画好き歴は四半世紀超。一番の好物は「80年代風の少女漫画」、漫画にかける金は年100万円に達しそうな勢いの漫画オタク。

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