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初夏の話(3)

2008年5月30日

  • 文 京須偕充

 『たがや』は江戸・両国の川開き、今の花火大会のようなにぎわいの中に起こった武士と職人のトラブルを扱った噺ですが、花火の行事も旧暦では五月だったのですね。

 「両国の川開きは旧暦五月二十八日に決まっていた。今の七月十五日ぐらいかな。年によるが、ほぼ梅雨明けの時分にあたる」

 本格的な夏到来を祝う行事ですね。

 「祝うと言い切っていいかどうかわからないが、昔だって夏は生命力を感じる季節だよ。米をはじめ農作物のみのりには大切な暑さがやってっくるし、暑い暑いとは言いながらそこに楽しみを見つけるのは昔も今も同じことだ。江戸での夏到来のシンボルが川開き。それを盛り上げるのが大花火(おおはなび)というわけさ」

 だいたい、「川開き」というのは?

 「そりゃ、水のシーズン到来だよ。江戸でいえば大川(おおかわ)、つまり隅田川の川遊び解禁日ということだね。今は水のシーズンといえばむしろ海が中心だが、徒歩主体の時代に都心から海辺までは遠いし、水泳で遊ぶ習慣がなかったので、昔は川遊びがメインだった」

 この日までは川遊びが許されなかったのでしょうか。

 「そう厳密だったわけでもないが、昔、都会の河川はレジャーの対象というより、水運の通路が第一の役割だ。トラックなんかないのだから、大量の物資を迅速に運ぶには舟が第一の手段。人がひく荷車や馬車よりもまず舟だ。だから隅田川のような江戸の大動脈に涼み舟、遊び舟がいっぱいあっては邪魔にもなる。川開きという節目を設けて江戸の経済と娯楽の共存にメリハリをつけたのだろう」

 『たがや』は花火見物でごった返す両国橋の上で馬に乗った武士と桶や樽にはめるタガを抱えた職人とが行き合って、はじけたタガが武士の被り笠をはじきとばしてしまい、武士が手打ちにしようとするのを逆に職人が応戦して……という、ちょっとしたスペクタクルの噺ですね。

 「事件そのものよりも、群衆のさまざまな反応で笑わせる。群衆心理がむしろ主役で、職人も武士も小道具のような存在になる。これは落語をはじめ講談など話芸の特権だね。芝居、映画、ドラマではこうはいかない。話芸の演者は演技者と演出者を兼ねているから、人物だけでなく群衆や、ときには狐、狸などの動物や幽霊までもが主役になれる。『たがや』の他では『巌流島』にもそういう群衆主役の側面があるし、『花見の仇討』にもそういう場面があるな」

 川開きという名称は今はあまり聞きませんが、海開きと山開きは今もありますね。開いた川はいつ閉じるのですか。

 「川じまいという行事があった。これが旧暦の八月二十八日。今なら十月のなかばだね」

 もうすっかり秋。

 「そう。川開きのような派手なイベントもなくフェードアウト気味だったのだろう。川じまいという名称もすっかり縁遠くなった。それにしてもレジャーの面でも水運・流通の面でも川はずいぶん役目が軽くなってしまった。そのために一時は水の汚染が放置されたり埋め立ての憂き目にあったりしたのだが、最近は憩いの場として少し復活したようでうれしいことだ」

 次回は山の話をしましょうか。

 「そうだね、『大山詣り』をテーマにしましょうか」

プロフィール

京須 偕充(きょうす・ともみつ)

落語プロデューサー

1942年、東京生まれ。ソニー・ミュージック(旧CBS・ソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の『圓生百席』や古今亭志ん朝の作品など、数多くの落語レコード、CDの制作を手がけてきた。

有楽町で開かれている『朝日名人会』に加え、06年4月に浜離宮朝日ホールを舞台に始まる『朝日いつかは名人会』をプロデュースする。

『落語博物誌』(弘文出版)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『古典落語CDの名盤』(光文社新書)など、落語に関する著作も多い。

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