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欧州映画「この自由な世界で」 ケン・ローチ監督に聞く

2008年8月22日

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 派遣労働者として搾取される移民、その彼らを踏み台にしてでも惨めな生活から抜けだそうともがくシングルマザー。公開中の欧州映画「この自由な世界で」が描くのは、「自由」という輝かしい言葉を冠した経済が社会にもたらすそんなゆがみだ。ケン・ローチ監督に聞いた。(ロンドン=大野博人)

     ◇

 ロンドンに暮らすアンジーは息子を両親に預けて懸命に働いていたが、たいした理由もないまま解雇される。母子2人の「幸福」をあきらめない彼女は親友と人材派遣会社を立ち上げた。

 目をつけたのは移民だ。低賃金でも働かざるをえない弱みにつけ込み多額のピンハネで荒稼ぎする。搾取される側からする側へ。うしろめたさを漏らす親友に冷たく言う。「ここは自由な世界よ」と。

 「彼女が擁護しているのは自由市場の自由。すばらしい響きの言葉だが、そこにあるのは無情なメカニズムだ」と監督。「ある者にとっての自由は、ほかの者にとって自由の侵害になる。雇用者に搾取の自由があるなら労働者は搾取から自由になれない」

 移民はグローバル化する「自由市場」の典型的な犠牲者として描かれる。「右派の政治家は家族の価値を強調する一方でグローバル化を進め安い労働力として移民を促す。人々は家族のもとを離れてでも職を求めざるをえなくなる。そして行った先で右派のメディアなどが今度は厄介者扱いする」

 だが、家族を支えるために必死の移民と、彼らを食いものにするアンジーはよく似ている。良い母親になりたい、親孝行もしたいと懸命だ。はい上がろうとするアンジーは次第に違法なやり方にも手を染めていく。

 「移民労働者を主人公にして過酷な生活を描けば単なる搾取の物語だ。むしろ搾取するしかない女性を通して描けば、問題は彼女が悪い人間かどうかではなく今の社会の容赦のないシステムにあることを示せると考えた」

 ついに移民たちの怒りが爆発したとき、アンジーは逃げ場を失う。結局、搾取していた自分自身も「システム」にからめ捕られてしまう。

 「日本でも移民が増えつつあるときく。映画を考える材料にしてもらえれば」と監督は話す。

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