イタリアの第65回ベネチア映画祭が6日夜、11日間の会期を終えた。日本からは北野武監督、宮崎駿監督といった大物が参加したが、今年のプログラムには新進気鋭への強い期待が見られた。芸術性の高い映画に目配りし、娯楽性の豊かな作品も重視。それは、名と実、伝統と変革の間で揺れる映画祭の象徴のようだった。(宮崎陽介)
「新しい映画の地図を見せる再出発、再発見の年にしたい」。開幕式で、映画祭の総監督を務めるマルコ・ミュラーが言った。カンヌ(フランス)やベルリンと並ぶ世界3大映画祭のベネチアは近年、カナダ・トロント映画祭に、規模や映画界の注目度の点で追い抜かれたとの見方がある。さて、ドイツのヴィム・ヴェンダース監督を長とする審査員団が選んだ今年の各賞に「新しい映画の地図」は隠れていただろうか。
■奇想の監督最高賞
金獅子賞(最高賞)の「レスラー」は、花形プロレスラーのキャリアの最晩年を描く。心身は衰え、引退も考えた。しかし、恋したストリッパーや自分を拒む娘の前で、なお再起を図ることにする。
映画祭に現れた主演ミッキー・ロークは顔も体も膨れて皮膚は荒れ、きざなワルの面影はない。「レスリングはアドレナリンを増し、自分自身を痛めつけるもの」と言う彼の怪演が作品の力になった。
監督は「π」「ファウンテン」などを撮った、奇想の人ダーレン・アロノフスキー。デビューして10年ほどだが、まだ作品は少ない。「独立系映画なので、ハリウッドのスタジオやプロデューサーから離れて自由にやれた」と言う。
監督賞は「ペーパー・ソルジャー」のアレクセイ・ゲルマン・ジュニア。5年前に長編デビューしたロシアの32歳だ。設定は60年代初めのカザフスタン。初の有人宇宙飛行が目前で、その飛行士たちを診察する医師が主人公だ。
夢とロマンを支えたい医師だが、内心、飛行士は無事に帰れないと思っている。そこに、医師の私生活――内気な妻とあやしい美女との板挟み――が絡んでくる。
評論家や記者の間で評判がよかったハイレ・ゲリマ監督「テザ」は審査員特別賞。エチオピア出身の青年がドイツで医学を学び、社会主義思想にも心酔して、母国の再生を夢見る。だが、内戦や貧富の差で争う住民に幻滅。監督はまた、自分の父がイタリアを相手に戦ったエチオピア戦争の痕跡も作中に映し込んだ。
「エリトリアとの国境紛争が絶えず、映画の題材は特殊な過去ではない」と話すゲリマ監督は、60歳を過ぎているが、90年代以降に注目された人だ。エチオピアで生まれ、米国で学び、イタリアの古傷を今回の作品に映した。この3国に対し、「プロテスト(抗議)、プロテクト(保護)、プリディクト(予言)をしたい」と言う。
3作いずれも、光と影がある。いっときの明るさと、苦い現実がある。華やぎの舞台の裏で、模索を迫られるベネチアのように。
■摩擦超える意思を
賞は逃したが、複数のイタリア紙はマルコ・ベキス監督「バードウオッチャーズ」に注目した。監督はチリ出身で欧米で活動し、異文化体験が豊かだ。映画は、ブラジルの保護区で過酷な労働に苦しむ先住民が先祖伝来の森へ向かう。だがそこは今や、新住民の土地。市場経済に飲み込まれ、現在と過去の間で苦しむ若者は次々首をつる――。
伊紙レプブリカが「男たちが正義を回復しようとする聖なる物語」と定義したこの映画には、世代や民族の相違が生む摩擦を、前向きの力に変える意志がある。それも今のベネチアが望むものだろう。
「どの映画が素晴らしいかではない。忘れられない場面があるか。そんな映画を大切にしたい」とミュラーは話していた。新進監督の作品には粗削りの面があるが、今年のベネチアを印象付けるきらめきは、それぞれにあった。
では日本の作品は、そこでどのように迎えられたのか。