今年のベネチア映画祭で話題を呼んだ北野武監督の「アキレスと亀」が、20日から公開される。売れない画家の半生を描き、芸術の本質を鋭くえぐる。死や笑いといった北野的モチーフを深化させながら、全体に柔らかい空気が漂う不思議な作品だ。映画監督として20年目を迎えた北野監督に聞いた。(石飛徳樹)
■死や笑い モチーフ深化
主人公は、絵の大好きな少年真知寿(マチス)(吉岡澪皇〈れお〉)。プロの画家に絵を褒められ、画家を志す。長じた真知寿(柳憂怜〈ゆうれい〉)は美術学校に通うが、芽が出ない。中年になった真知寿(ビートたけし)は、相変わらず絵を描いているが、一向に売れる気配はなく……。
主題は最初から決まっていた。「芸術にかかわる人間はそれだけで幸せなんだっていうね。オレの映画、ここんとこ当たってないからさ、でも好きな映画に従事できるだけで幸せなんだ、って」
真知寿は、並の才能しかないのに軌道修正し損なった不幸な人間とも映る。「うん。考えようによっては芸術残酷物語なんでね。幸せと不幸の間をぐるぐる回って『アキレスと亀』のパラドックスに入っていく」。アキレスは亀を追い越せないという逆説からタイトルを取った。
印象的な言葉がある。幼い真知寿が画家に褒められた時に、こうして彼は「画家になる夢を持った。あるいは持たされた」という字幕が出る。
「今の社会はさ、子供に夢を持てって言うよね。でも、その気になった子供が結局悲惨な現実に遭ったりする。いつから、みな強制的に夢を持たされることになったんだろうと思うよ」
画商が真知寿に助言する。美術史を勉強しろ、筆で描くのをやめろ、メッセージ性を出せ、と。このあたり、現代美術への痛烈な風刺になっていて、相当に笑える。
「コンセプトアートとか、やってることはあんなもんなんだよ。オレ漫才やってたからさ。『街をきれいに』という看板が一番景観を損ねているとか、そういうネタでね。ああいうのを芸術に対してもやっちゃうんだよね」
◇
北野映画の登場人物は、基本的に心情を吐露することがない。真知寿も同様だ。
「カミさんとか娘をひどい目に遭わせてさ、芸術に毒された怪物だよ。でも、芸術というのはそういう人でなしを崇高に見せたりするからね。真知寿が他の職業だったら、こんな映画にならないよ」
真知寿は結局大成しない。「世界のキタノ」と呼ばれる監督から見ると、真知寿には何が足りないのだろう。
「この人は全部、画商に言われた通りにやっちゃったから。人がやってないことは、やろうとしてない。全然評価されなくても、独自のものを編み出した方がいいんだよ」
「その男、凶暴につき」で監督デビューしてから、来年で20年になる。
「当時、異業種監督って言われて、いろんな人が映画を撮ったんだけどさ、14本も撮ったヤツはいないだろう、ってね。要するに持続させることなんだよ。それから大量に宣伝費使ってヒットさせるのが最近の流行みたいだけど、そういうことはやりたくないね。格好悪いもん」
14本のほとんどがオリジナル。しかも第1作以外はすべて自身で脚本を書いている。
「小説とか持ってきてさ、こういうのやりませんかって言われることあるけど、小説は小説じゃないの、って。職業監督みたいなのはあまりやりたくなくってね。自分は、職業監督よりは少しアーティストだと思ってるんだ」