アート系映画が危ない。いま映画関係者が集まる場所には、必ずこんな嘆き節が聞こえる。90年前後の東京は、オシャレなミニシアターで世界中の秀作が上映され、感度の高い若者が押し寄せていた。ところが今は観客にソッポを向かれ、秀作が公開されなくなるという悪循環に陥っている。この負のスパイラルを打ち破る方法は果たしてあるのか。
今秋の東京国際映画祭。「ワールドシネマ」部門の充実した番組が映画ファンを驚かせた。日本未公開のアート系映画を集め、今年のフランス・カンヌ映画祭グランプリ「ゴモラ」や同監督賞「スリー・モンキーズ」など10本が上映された。
しかし、この充実ぶりは決して喜ぶべきことではない。つまり、普通に映画館で公開する規模の集客は望めないと、配給会社が買うのをためらう作品がいかに多いかを実証しているからだ。「『ワールドシネマ』部門の夢は『ワールドシネマ』部門が不要になること」と、作品選定をした矢田部吉彦ディレクターも映画サイトに書いている。
今年のカンヌで最高賞を取ったフランス映画「クラス」は11月にやっと買い手が付いた。日本公開は2年後だ。ユニフランス東京のバレリーアンヌ・クリステンさんは「従来の最高賞作は映画祭の間にすぐ売れた。『クラス』は、わざわざ東京で配給会社や映画館を呼んで試写をしました」。
アート系映画はミニシアター1館だけの上映が多く、「単館系」とも呼ばれる。東京では、60年代の日本アート・シアター・ギルド(ATG)の活動に始まり、70年代に岩波ホール、80年代にはユーロスペース、シネ・ヴィヴァン六本木やシネマライズなどミニシアターが次々生まれた。
88年の「ベルリン・天使の詩」は東京・日比谷のシャンテシネで30週上映し、興行収入2億3千万円を稼いだ。ところが、ここ数年のシャンテシネのヒットは「クィーン」の13週、興収8千万円弱という状況だ。
シネマライズの頼光裕社長は「ヒット感が薄れてきた」とみる。同館は「トレインスポッティング」「ムトゥ 踊るマハラジャ」などがヒット。しかし、最近はそんなムーブメントが醸成されないという。アート系映画を、シネコンを含む複数館で同時公開することがあるのも、ヒット感をそぐ。
東京・渋谷のBunkamuraル・シネマは来年20周年。過去の興収10傑をみると、02年の「エトワール」以降の作品がない。同館の中村由紀子さんは「興収は約4分の3に落ちた。『見たい、知りたい』という熱気が減ったと思う」。
■導く批評家・雑誌待望論も
景気の悪い話ばかり続いたアート系映画界だが、明るい兆しも見えている。
配給会社アルシネテランの堀江昭雄代表は「買値が安くなった今がチャンスだ」と言う。大手配給会社が相次いでアート系映画に参入し、買い付け価格が跳ね上がっていたが、この不況で撤退。「適正利潤が得られる値段になった」。20日公開の「PARIS」は当初の10分の1の値段にまで下がったという。
「落ちるところまで落ちた方がいい」と言うのは、ダルデンヌ兄弟やジャ・ジャンクーら、アート系の映画作家の作品を体系的に配給してきたビターズ・エンドの定井勇二社長だ。「80年代には映画ファンの中に、アート系映画への飢餓感がすごくあった。だから劇場に駆けつけた。今はそれがない。数年後、危機感が皆に浸透した時、もう一度アート系映画のムーブメントが起きるのでは」と期待する。
80年代の黄金期、ミニシアターで働いた経験を持つ作家の阿部和重さんは「新しいカリスマ評論家の存在が不可欠」と話す。当時は蓮實重彦、淀川長治という2人のスターがいた。蓮實さんが難解な文章で挑発し、淀川さんが柔らかい語り口で、人々をミニシアターへと招き入れた。
阿部さんは言う。「今も面白いことをする人はいるが、それぞれタコツボ的に活動している。彼らを一堂に集める雑誌が欲しい。当時の『リュミエール』のように。評論家のドリームチームを作ることができれば、再びムーブメントが起こるかもしれません」(石飛徳樹、古賀太)