「事件を起こした若者の弾劾でも擁護でもない実録を目指した」と語る若松孝二監督
赤軍派メンバーが乗っ取った「よど号」。一時着陸した福岡空港で、女性や子どもを解放した=70年3月31日
赤軍派によるよど号ハイジャック、連合赤軍が起こしたあさま山荘事件――。70年代、社会を震撼(しんかん)させた事件とは、いったい何だったのか。映画監督の若松孝二さん(72)は今年、あの時代を描いた映画を公開、事件の真相を探ろうと、直接当事者たちに会うため世界をまわった。「事件はまだきちんと総括されていない」。そう社会に投げかける。
「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」は、「総括」という名の同志リンチ殺人に至る新左翼運動の軌跡を、当事者の記録を基に描く。全国50館をまわり4万人が入場、今も地方の団塊世代の単館オーナーなどから配給依頼が続く。26日からは東京・下北沢で上映が始まった。
映画完成後、世界をまわった。事件の関係者に作品を直接、見せるためだ。5月、北朝鮮でよど号グループに会った。メンバーが属した赤軍派は連合赤軍の母体の一つ。「よど号がなければあさま山荘事件もなかったかもしれない。撮影中からずっと、彼らに聞きたかった」。北朝鮮に残る4人のうち、国外移送略取容疑などで国際手配されている小西隆裕(64)、若林盛亮(61)、赤木志郎(61)の3容疑者と会った。
小西容疑者らは連合赤軍事件について「責任は我々にもある」「(自分たちが)残してきた人間が起こしたこと。引き受けなければ」と語ったという。赤軍派は指導者の出国や逮捕が続き、残った森恒夫元被告(自殺)らが、永田洋子死刑囚らと結成したのが連合赤軍だった。「あとを任せられて追いつめられたのかも知れない」。リンチ場面を見ると、そう言って押し黙ったという。
当事者のこうした肉声はなかなか国内に伝わってこない。塩見孝也・元赤軍派議長(67)はメンバーの発言について「意外感を受けた」。これまで彼らは、連合赤軍事件と自分たちは無関係という態度だったからだ。
一方、あさま山荘事件時に警察庁幹部として実質的な指揮にあたり、よど号事件時は警視庁の警備課長だった佐々淳行さん(78)は「過激派容疑者や拉致疑惑のあるよど号関係者と日本との間に立つ人間は、政治宣伝に使われるのを警戒すべきだ」と、監督の行動に苦言を呈する。
若松さんは「実録」撮影の動機の一つに、佐々さんの著書を原作にした映画「突入せよ!『あさま山荘』事件」が、警察側からの視点だけで描かれていたことに不満を感じたことを挙げている。
若松さんは「集団になった時に闇の部分が暴走するのは、彼らだけなのか。今でも、あらゆるところに潜んでいるのでは」とも思う。「社会を変えようとした全共闘世代に、きちんと振り返れと言いたい」(石川智也)