かつて映画は大人のものだった。ガルボもドロンも錦ちゃんも、みな大人が熱狂していた。子供たちも映画館が大好きだったが、彼らは大人の映画を背伸びしながら見ていた。ところが今、シネコンに行くと子供の映画ばかりが並んでいる。映画館はいつから子供の遊園地になったのか。それは、米国の若者が作った1本の映画が全国を熱狂させた1978年にさかのぼる。
東京・京橋の映画館「テアトル東京」の前は、早朝から異様な空気に包まれていた。千人余りの若者が長い列を作っている。
米映画「スター・ウォーズ」が、78年6月24日に封切られた。配給する20世紀フォックス映画の社員だった古澤利夫さんは、若者たちの熱気に「鳥肌が立ち、体が震えました」と振り返る。
米国では、約1年前に公開され、若者たちが映画館に押し寄せた。その2年前、28歳のスティーブン・スピルバーグ監督がサメを主役にした「JAWS ジョーズ」で興行記録を書き換えたばかりだった。その記録を、33歳のジョージ・ルーカス監督があっさり抜き去った。
巨大帝国の支配に対し、共和国の王女が、不思議な力を持った青年らの協力で戦いを挑み、宇宙に平和を取り戻す。物語自体はシンプルだ。しかし、海外で一足先に見てきた者たちが、その斬新さを得意げに語り回った。日本の若者たちは1年間お預けを食い、期待感が沸点に達した時、やっとベールを脱いだ。
映画評論家の品田雄吉さんは「VFX(視覚効果)や音響など技術の新しさに驚かされた。映画の表現を革命的に変えた」と見る。「以後、ハリウッドはVFXで見せる作品が全盛になり、それが現在まで続いている。見せ物として出発した映画が原点に立ち返ったともいえます」
産業としての映画に最も影響を与えたのは、キャラクターの商品化だろう。フィギュアを始め、プリントシャツなどのグッズが爆発的に売れた。また古澤さんによると、米国が夏休み興行を重視し始めたのも「スター・ウォーズ」からだという。
超ド級のヒットメーカーと認められたルーカスと、「ジョーズ」のスピルバーグは作品を量産し始める。ルーカスは「スター・ウォーズ」を全6作の壮大な物語として続編を次々製作し、スピルバーグは「E.T.」や「ジュラシック・パーク」を撮る。そして、2人がタッグを組んだ「インディ・ジョーンズ」。2人の映画が興行記録の上位を独占する時代が長く続いた。
ルーカスとスピルバーグが編み出したヒット映画のフォーマットは、新世代にも受け継がれた。「スパイダーマン」「バットマン」などのアメリカン・コミックものや「ハリー・ポッター」「ロード・オブ・ザ・リング」などのファンタジーもの……。VFXを駆使した作品が現在もハリウッドを席巻し続けている。
かつてのハリウッド映画は、成熟した大人を主人公に据え、大人の観客に向けた作品が主流だった。ジョン・フォードの西部劇、ビリー・ワイルダーの喜劇、フランク・キャプラの人間ドラマ、アルフレッド・ヒチコックのサスペンス、ジーン・ケリーのミュージカル……。
むろん子供向け映画もあった。しかし、あくまで脇役だった。ところが、ルーカスとスピルバーグの登場以降、大人の映画が映画館の片隅に追いやられ、観客層の低年齢化が進んだ。スターよりもVFXが主役になった。かつての映画館では子供たちが大人に合わせていた。今は大人たちが子供に合わせている。
低年齢化が進み始める予兆はその前からあった。テレビの登場で映画が斜陽になった60年代末。強大な撮影所システムが崩れ、映画界には、若者の、若者による、若者のための一連の作品が登場する。「俺たちに明日はない」「卒業」などの作品群は「アメリカン・ニューシネマ」と呼ばれ、映画の主役と作り手と観客の年齢層を大きく下げた。
アメリカン・ニューシネマでは、大人の成熟よりも若者の未成熟の方に価値が置かれていた。「アメリカン・グラフィティ」で注目されたルーカス監督も、「続・激突!カージャック」で劇場映画デビューしたスピルバーグ監督も、アメリカン・ニューシネマの系譜に連なっている。
ハリウッドの映画製作が旧来通り大人の価値観に支配されていたら、「スター・ウォーズ」は生まれなかっただろう。20世紀フォックスの製作責任者だったアラン・ラッドJr.は、ルーカスが書いた脚本を読んでも全くイメージがわかなかったという。それでも若い作り手のエネルギーを信じてゴーサインを出した。
ハリウッドが未成熟の価値に気づいたのは、アメリカン・ニューシネマの十数年前、1955年ではなかったか。ジェームス・ディーン主演の「エデンの東」の公開。彼は、ジョン・ウェインやクラーク・ゲーブル、ハンフリー・ボガートといった従来のスターとは全く違っていた。
未熟な男の、ちょっとすねたような表情に、女性観客の心はわしづかみされた。ジミーこそが現代に続く映画の若年化の始まりだったといえる。「スター・ウォーズ」は、そんな若年化への流れをテクノロジーの力を持って一気に推し進めたのだ。(石飛徳樹)
3D化で映画改革なるか 大高宏雄さん(映画ジャーナリスト)
ハリウッドの作り手は今、「観客を退屈させない」という強迫観念に捕らわれている。VFXを多用し、めまぐるしくカットを割って、次から次へ新しい映像を見せようとあがく。その究極が、これから続々公開される3D(立体)映画です。「タイタニック」のジェームズ・キャメロン監督が「アバター」という3D大作を準備中ですが、これが映画の革命になるか。私には、3D化は映画から本来の特質を奪うように思えます。繊細な日本の観客は、そんなハリウッド映画の風潮にうんざりし始めているんじゃないでしょうか。