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挑発する「中の下」の女 映画「川の底からこんにちは」

2010年5月1日

写真:「川の底からこんにちは」拡大「川の底からこんにちは」

 少し前にはやったKY(空気が読めない)という言葉。最近はKYを許さない風潮を批判するのが流行らしい。しかし、KYな人はやはり駄目である。彼らの言動は人の心に届かない。大切なのは、空気を読んだうえで、それでも意見を言うべきだと判断した時に黙らないことだ。

 新鋭石井裕也監督による抱腹コメディーのヒロイン佐和子は、東京で働くOL。仕事でも恋愛でもうまく立ち回っているとは言えない。父が倒れたのを機に故郷に戻り、父のしじみ工場を手伝う。しかし、そこでも濃密な人間関係の沼でおぼれかけている。

 彼女はKYなのか。恐らくそうではない。例えば給湯室で先輩OLが「地球温暖化が大変らしい」と話していると「でも、しょうがないっすよね」と口を挟む。彼女は、自分が場の空気を悪くすることを知っている。でも、挑発せずにはいられない。

 佐和子の的確な挑発は、メディアの受け売りや偽善的な理想論、数を頼んだ悪口雑言などに向けられる。要するに自らが引き受ける気のない軽い言動を、彼女は憎む。そして、それらは、石井監督の嫌いなものにほかならない。

 中でも彼が嫌いなものは、「頑張れば誰もが成功を手に出来る」という耳に心地よい建前であろう。メディアや教育を通じ、それは日本中に広がっている。この建前が、どれだけの人間に道を誤らせ、不幸にしていることか。

 佐和子は「私は、中の下の女ですから」を決めぜりふにしている。これは普通ひねくれや開き直りの言葉だ。しかし石井監督の手にかかると、幸せへの扉を開く魔法の言葉になる。嘘(うそ)だと思ったら映画を見てみればよい。KYな監督には絶対に起こせない奇跡がそこにある。(石飛徳樹)

 5月1日から東京・渋谷のユーロスペース。順次各地。

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