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〈映画大好き!〉3億円事件で時代活写「ロストクライム」

2010年5月28日

 世紀の完全犯罪とされる3億円事件の深層に、大胆な仮説で迫る「ロストクライム 閃光(せんこう)」が7月3日、各地で公開される。伊藤俊也監督は、得意とする精細な描写で事件を「再現」する一方、同時代を生きた1960年代の挫折感もフィルムに写し込んだ。

 隅田川で死体が見つかった。被害者の男はかつて、3億円事件の重要な容疑者と目されていた。同事件の共犯者から口封じされたのか。当時、事件を捜査していた刑事の滝口(奥田瑛二)は、若手の相棒・片桐(渡辺大)と捜査を始めるが、警察内部から圧力がかかる。そもそも、警察は犯行グループを特定していたらしい。なぜ、捜査は放置され続けたのか。

 「矛盾を抱え、不条理な闘いを挑む人間こそが、私の映画の主役だ」。2人の主人公の中に、理不尽に対してもがき続ける人間の生きざまを刻み込んだのだ。

 事件は68年12月に起きた。東京の府中刑務所脇を走っていた銀行の現金輸送車を、白バイの警察官が呼び止めた。車の下から煙があがった。行員らが避難したすきに、現金を積んだ輸送車ごと持ち去られた。

 「当時、警察捜査の手は、撮影所にまで伸びた」と、監督は振り返る。

 「(事件に使われた)改造されたオートバイや発煙筒などが、映画の小道具だとにらまれた。撮影所の装飾部の友人も警察の聴取を受けた。事件のトリックが模擬撮影のように思われて、捜査の対象にされたのではないか」

 事件は何度も映像化された。だが、同時代を生き、しかも、事件が身近にあった監督だからこそ、40年もの間、事件に対する「心の火」はくすぶり、静かに燃え続けた。

 この映画は、ジャーナリスト出身の作家、永瀬隼介の原作をもとにしたサスペンス仕立てだ。「フィクションだが、事件の研究者を納得させられる犯行プロセスもしっかり描いた」と言う。語り尽くされた事件だけに、資料の読み込みなど、考証には繊細さが求められた。

 事件当時、学生の犯行ではないかという見方が世の中にあり、警察は学生運動をつぶすためのローラー作戦の口実にした面もあると、監督はみている。世の中では、事件を「歓迎」するムードもあったという。

 プラハの春、キング牧師暗殺、パリ5月革命……。事件が起きた68年は、世界で「革命」の嵐が吹き荒れた年。「60年安保のあとに、安定しかけた体制の矛盾がまたぞろあらわになり、民衆の不満が爆発し始めた」と語る。

 監督は、単に昔の事件をそのまま「再現」するだけにとどめなかった。

 原作は「犯人」と仮想する者たち同士の結びつきや、犯行にいたる経緯に言及しているが、映画では、そうした描写は最小限にしたという。

 「犯行の動機は、権力に反発する若いエネルギーの暴発と描くにとどめた。むしろ、逃亡し続ける犯人たちの青春のなれの果ての無残さを写した」と語る。

 「60年代に青春を過ごした人たちが、あの頃をノスタルジックに思い返すことに批判的なまなざしを込めた」(松)

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