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ひばりの愛した反戦歌「一本の鉛筆」、もう一度広島で

2008年7月1日

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写真ギャラリー用:「一本の鉛筆」が発表された当時のレコードジャケット=コロムビアミュージックエンタテインメント提供写真美空ひばりさん=ひばりプロダクション提供写真「一本の鉛筆」のCDを新たにプロデュースした高嶋弘之さん(奥)と歌手の丹藤まさみさん=東京都世田谷区

 歌手美空ひばり(1937〜89)が34年前、広島で発表した歌がある。彼女のヒット曲のなかでは目立たないが、彼女自身は好きな持ち歌ベスト10に選んだ。「皆さんにぜひ愛していただきたい歌」とも語った。反戦を静かに訴えるこの歌が、今夏、広島から再び発信される。

 「一本の鉛筆」が初めて歌われたのは74年8月。広島テレビが主催した第1回広島平和音楽祭で発表された。

 「世界に平和を発信したいという音楽祭に乗り気になってくれた」。日本コロムビア(現コロムビアミュージックエンタテインメント)の当時の担当ディレクター・森啓(あきら)さん(66)は振り返る。ひばりは幼少時、横浜大空襲に遭い、父が徴兵される戦争体験を抱えていた。

 音楽祭を総合演出した映画監督の松山善三さん(83)が作詞した。

 《一本の鉛筆があれば 八月六日の朝と書く

 一本の鉛筆があれば 人間のいのちと 私は書く》

 一人でも一本の鉛筆で反戦を訴えることができるというメッセージだった。曲は黒澤明監督の映画音楽を手がけた故佐藤勝さんが作った。

 音楽祭のリハーサルでは、冷房付きの控室が用意されていたが、ひばりはずっと、猛暑のステージのかたわらにいて、「広島の人たちはもっと熱かったはずよね」とつぶやいた。ステージの上からは「幼かった私にもあの戦争の恐ろしさを忘れることができません」と観客に語りかけた。

 それから14年。ひばりは第15回の同音楽祭でこの歌を歌うため、再び広島を訪れた。大腿(だいたい)骨骨頭壊死(えし)と肝臓病で入院した翌年だった。出番以外の時は楽屋に運び込んだベッドで点滴を打った。だが、観客の前では笑顔を絶やさなかった。ステージを降りた時、「来てよかった」と語った。翌年6月、帰らぬ人となった。

 今年3月、ひばりと20年近い親交があった俳優奈良岡朋子さんがテレビ番組でこの詞を朗読した。リサイタルでひばりが歌う時、「次に歌う歌はこれまでの歌とは少し違いますが、ぜひ皆さんに聴いてほしい」と話す姿が印象的だった。

 奈良岡さんの朗読を偶然、目にした音楽事務所社長の高嶋弘之さん(74)はこの歌の存在を初めて知った。詞の冒頭のロマンチックな印象は徐々に薄れ、最後に「広島の歌だったのか」と驚かされた。旋律を聴くと、美しさに息をのみ、即座にCD化を決めた。知人のソプラノ歌手、丹藤まさみさん(38)に歌ってもらうと「平和」が自然と胸に染みてくるようだった。

 6月上旬、高嶋さんとともに広島を訪れた丹藤さんは、原爆ドームわきの元安川を目にして衝撃を受けた。豊かな水をたたえて流れる川をこれまでは小川だと思っていた。水を求めて倒れた人たちで川面が埋めつくされた光景を想像した。「知っているつもりで広島から目をそむけていた。知った以上、伝えていかなくては」と感じた。

 CDは7月30日にKTRレコード(03・5491・1557)から発売される。「一本の鉛筆」を歌うコンサート(広島ホームテレビなど主催)は8月6日午後、広島市の原爆ドーム対岸の平和記念公園内で開かれる。入場無料。問い合わせは高嶋音楽事務所(03・5491・7245)。(秋山千佳)

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