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派手にパフォーマンスの裏側は…沢田研二インタビュー

2008年10月2日

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写真沢田研二さん=門間新弥撮影

 紙面では紹介できなかったインタビューの一部をアサヒコムでお届けします。

 【ビートルズ来日公演】

 1966年、ビートルズの来日公演を東京・日本武道館へ見に行きました。タイガースの前身「ファニーズ」のファンクラブの人が「絶対見た方がいいよ」とチケットをくれたんです。

 もう、びっくりしましたよ。周りの女の子の歓声がすごくて音が聞こえないんだから。うるさいから耳をふさぐとさらに音が聞こえない。何なの、これ。なんでこうなれるのっていう感じ。ほとんど「ポール!」「ジョン!」という声ばっかりだったから、僕は「ジョージ!」って叫びましたけどね。

 1曲目の「ロック・アンド・ロール・ミュージック」はテンポが遅い。レコードよりずっと遅いけどかっこよかった。ものすごいものを見たという感じ。こんなものにはなれないとしか思えなかった。

 でもビートルズだってデビュー当初、専門家や同業者はだれも成功するとは思っていなかった。だから、僕らもまったく可能性がないわけじゃない、「スパイダースには勝てるかもしれない」なんて言ってましたね。

 デビューしてから、日本武道館には何度も立ちました。タイガースの解散コンサートも25周年のコンサートも武道館。夢の舞台は、だんだん「狭い」と感じるようになっていきました。

 【デビュー秘話】

 ビートルズ公演の数カ月後、デビューのために上京しました。京都駅でファンの人たちに見送られ、ビートルズのマネをした舞台衣装を着て、生まれて初めて新幹線に乗り込んだわけです。

 ところが、速いはずの「ひかり」なのに、なかなか名古屋にも着かない。「おかしい」と思って車掌さんに聞いたら「これはこだまです」。当時「ひかり」と「こだま」は料金が違ったんですね。メンバーの一人が「安いから」って「こだま」のチケットを買っていたんです。

 67年1月、内田裕也さんの口添えで日劇ウエスタンカーニバルに初めて出ました。日に日に歓声が増えていき、千秋楽にはものすごいことになっていた。

 ジャズ喫茶のライブにもワッとお客さんが来るようになり、雑誌で取り上げられるようになった。あっという間でしたね。もちろんジャニーズやスパイダースの人気には及びませんでしたが。ファンが自宅に押し寄せるようになるにもまだ時間はかかるけど、あの1月から5月くらいが今までで一番長かったといえば長かったかなあ。

 【「カサブランカ・ダンディ」秘話】

 舞台衣装で、ズボンのジッパーを開けようということになった。僕なんかわりと普通の人間だから「チャック閉めるの忘れてるわ」なんて思われないか、心配になるタイプなんですよ。「何で開けてるの」と思われないために、ポケットボトルをわざと入れることにしたのは僕のアイデア。必ずしもかっこいいと思ってやっていたわけではないんです。あくまでテレビでの演出と割り切ってやっていました。「TOKIO」だって、コンサートで歌うときにはパラシュート背負ったりはしてませんから。

 ある時、(内田)裕也さんが雑談で「マイナーなことをメジャーなところでやるのがいいんだ」と言っていたのをずっと覚えていました。それは、ローリング・ストーンズのアルバム「メイン・ストリートのならず者」にも通じること。ただ僕は、ちょっと裏通りに入ったらすごい良い店があるっていうのが好きなんです。

 【演じること】

 演じるのは割と好きですね。そう思えるようになったのは、映画「太陽を盗んだ男」(79年)に出てからです。警察に電話をかける長ぜりふの場面で長谷川和彦監督に絞られて、50回以上NGを出しました。最後の方は、スタッフが何回いくか賭けていたそうです。でもそんな経験をしたことで、演技が面白いと思うようになりました。

 今は、大がかりで楽しそうなものよりも、ほんわかしたり、じんわりしたりできるものがいい。一番の理想は人が死なない、殺さない物語。特にテレビは、人が死ななくても成り立つようなものを作らないといけないと思う。変な事件が増えている時代ですしね。昔は僕も殺人犯をやっていたわけですけど、最近は特にそう思うようになりました。

 【最新アルバム「ROCK’N ROLL MARCH」】

 僕の年代が感じることを歌にしていかないと、と思うんです。若い人に受け入れられるものを考えると散漫になってしまう。だったら同世代の人にしか分からない心情であってもいいから、いまの気持ちを正直に歌にしようと思った。若い人に作詞を頼む時も「それは僕じゃないから。僕が歌うんだから変えてほしい」と言って直してもらったこともあります。

 僕らもうツブシ効かないし、もう後悔できないし。だいたいこの年になってロックって言ってる人は、ツブシが効かない人なんですよね。

 【ドームコンサート】

 歌う曲は全部自分で選んでいます。一度並べて音を聞いてみて、「ああ、やっぱりこの曲を入れよう」「これはやめよう」という作業を何度も繰り返しているわけです。人の意見が入ると、沢田研二じゃない部分が絶対出てくる。

 僕は地味な人間だと思っているんだけど、やってきたことは地味じゃなかったですね。歌にしたって阿久さんのおかげで男らしいバキっとしたものがあったり、なよっとした歌があったり。タイガースの時から、いろんな歌を歌ってきたんだなあと改めて思っています。

 体力的にはあまり心配はしていません。たぶんお客さんの拍手に乗せられるんじゃないかな。ドーム公演は、ここ10年くらい一緒にやっているバンドの4人のメンバーとやりたいですね。普通に考えれば、ゲストを呼んだりブラスやストリングスを入れたりするのが豪華さにつながるんでしょうけど、僕はドーム自体が豪華だと思っているから。

 普段からベースさえいないサウンドでやっていて、音楽的に負担をかけている。それなのにドームだけは違うメンバーを呼んで嫌な気分にさせてはいけないと思う。だから、あえて4人とやります。そのほかにはコーラスを入れるくらいかな。

 1、2カ所、僕らしくないこともやりますから。「えっ、そんなこともするの」と言われそうなこと。まあ、たいしたことではないんですが、「やるときはやるのよ」という感じでしょうか。

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