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沸騰、日田弁ブルース コージー大内が初CD

2008年6月14日

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写真日田弁ブルースを熱唱するコージー大内

 ブルースマン、コージー大内のデビューCD「角打(かくち)ブルース」(メタカンパニー)が話題だ。故郷・大分県日田市の「日田弁」でオリジナルのブルースを歌い、専門誌では「弁ブルース」と呼ばれ絶賛されている。

 大内は21歳で上京。働きながら1人で歌ってきた。当初は米カントリーブルースの大御所、ライトニン・ホプキンスのコピーが中心だったがある時、外国人客が言った。「お前の英語はわからん。でも、ライトニンの英語も聞きづらいんだよ」。日田出身の友人が大内の英語のブルースを聞いて「日田弁に聞こえる」と言ったこともきっかけになった。それなら無理に英語のマネをしないで日田弁で歌ってもいいんじゃないか。

 そうして出来た「角打ブルース」の一節はこうだ。

 「なしやろベイビー 焼酎んじょーていげなもう」(何でだろベイビー 焼酎ずいぶん呑んだよもう)

 「日本の歌は東京の言葉ばかり。日田弁の歌があってもいい。もともとブルースはそういう音楽」

 ブルース専門誌「ブルース&ソウル・レコーズ」の浜田広也編集長は「米国の模倣ではなく、自分の道を行こうという姿勢があって、日田弁が実に自然にブルースになじんでいる」という。

 公民館に家族で住みこみ、正午と午後5時にサイレンをならすのが一家の仕事だった幼年時代、働き手の母が死んで定時制に移った高校時代、東京・阿佐谷の4畳半に同郷の5人で住んでいた青年時代……。41年の人生、ブルースの題材には事欠かない。次のアルバムには思い出を歌った「大鶴村のサイレン」を入れる予定だ。

 ライブは14日、阿佐谷・JAMB JAMB▽21日、国分寺・giee▽28日、新小金井・NASHほか。詳細は公式HPで。問い合わせは電話0422・40・1066(アドリブ)。(編集委員・篠崎弘)

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