秋吉久美子の裸見たさにピンク映画館に忍び込んだのは、中学2年の冬だった。せっかくドキドキものでモギリを突破したというのに、秋吉のヌードも映画のストーリーも全然記憶に残らなかった。主題歌が強烈すぎたのだ。映画と同名のその歌は「バージンブルース」。歌うは野坂昭如。「ジンジンジンジン血がジンジン/寂しい男は眠れない/百恵もジュン子も総あげだ」
あなたもバージンあたしもバージン、と続く。あまりといえばあまりのインパクト。なんなんだ、このおやじは?
以来野坂といえば、小説家というより歌手として、自分には刻印された。実際、彼の歌は小説家の余技ではない。レナード・コーエンを思わせる不必要に低い声。「トントンとんがらしの宙返り」「さよならさよなら国家甲羅(こっかこうら)」など即興的な装飾フレーズ。
野坂の歌は歌詞にはずれがない。しかも、ほかの男が歌ってはさまにならない歌詞なのだ。妻子持ちの四十路(よそじ)男、道ならぬ恋の相手が結婚し、飲む水割りの物思い、幸せになれよとつぶやいたすぐその後に「てなこと言って俺(おれ)は俺/俺は俺だけの道を行く/たとえ地獄へ落ちようと」。
この開き直り。
野坂をゲストに迎えたクレイジーケンバンドのライブ盤「青山246深夜族の夜」が、6月、Pヴァインから再発された。久しぶりに聴く野坂は、やはり国宝級の投げやりっぷり。つい懐かしくて、昔、入手した未発表曲などを集めた音源を聞き返してしまった。有名な「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか」もいいのだが、野坂には大傑作がまだたくさん隠されている。「おめおめ老いぼれ生き延びて/おめおめテレビに者(しゃ)っ面(つら)さらし/おめおめ○○こと夢ん中/八十島(やそしま)目指す剰(あまつさ)え」(「大忸怩(じくじ)」)、「九段の桜は散りました/靖国神社からっぽ/ぽぽぽっぽ鳩(はと)ぽっぽ」(「九段の桜」)。野坂以外が歌っても、何のことやらさっぱり意味不明だ。しかし、あの吃音(きつおん)まじりのダークな声を通ると、曲の意味性が立ち上がる。歌い手として野坂の価値は、おそらく、そこにある。(近藤康太郎)