山田耕筰への思いを語るダークダックス=東京都内
男声ボーカルグループのダークダックスが、11月16日に東京文化会館(東京・上野)で開く第52回リサイタルで山田耕筰の歌曲と童謡を取り上げる。耕筰をプログラムの中心にするのは初めてで、「からたちの花」や「この道」など、詩人・北原白秋と組んだ作品が多くを占める。「日本歌曲と童謡での黄金コンビ。自分たちの活動の原点でもある」と言う。
■活動の原点 白秋の魅力も
51年、慶応大学在学中に結成したダークは流行歌、ロシア民謡など幅広いジャンルを手掛ける一方、日本歌曲、童謡の多様な流れを実演で跡付けてきた。耕筰はその最も大きな頂と位置付ける。
「明治の音楽取調掛(とりしらべかかり)・伊沢修二が『小学唱歌集』を編んだのが1881年、その20年後に滝廉太郎が『荒城の月』を出す。さらに10年後に耕筰がドイツに留学して日本に本格的な西洋音楽をもたらした。その土壌から日本歌曲が花開いた」とバリトンの喜早哲は言う。
中でも、耕筰と白秋の出会いは、「詩と音楽の最も幸福な融合だった」という。ここから生まれたのが「からたちの花」「この道」「鐘が鳴ります」「ペチカ」「待ちぼうけ」などの名曲群だ。
「2人には豊かな人間的交流があって、耕筰の才能を見抜いた白秋は童謡の詩を提供して彼の生活を支えた。白秋の詩は平易だが軟弱にも流れず、しかも音楽的。耕筰の感性は無理なくこれと溶け込むことができた」と喜早。
例えば「からたちの花」は、10歳で父を亡くし、東京の印刷工場に住み込みで働いていた耕筰が、空腹に耐え兼ねて、寮の垣根のからたちの実を生野菜に混ぜて食べた体験が元になっている。
この思い出を聞いた白秋はすぐに詩を作って彼にささげた。
ダークは72年と92年に白秋の詩に焦点を当てた演奏会で耕筰の曲も幾つか歌ったが、「今回は耕筰を前に出しながら2人のパートナーシップを浮かび上がらせたい」という。歌うのは、「からたちの花」「かやの木山の」「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」「ペチカ」など。
ダークは64年、入院中の耕筰を見舞ったことがある。79歳で亡くなる前の年。体が動かず、口も聞けない状態だったが、ぎょろっとした大きな目で意思を伝えようとする姿が印象的だった。
喜早は「大きな犬の縫いぐるみを贈ったら、『自宅に持って帰っていいですか』と付き添いの人が言うんです。後で先生が大の犬嫌いだと知って、皆真っ青。住み込み時代に寮の先輩に夜の使いを無理強いされ、野犬と格闘して犬嫌いになったらしい」と、笑って振り返る。
午後3時開演。5千〜3千円。問い合わせは電話03・3501・5638(ミリオンコンサート協会)。(上坂樹)