18年ぶりの単独公演を果たしたキャロル・キング
サポートはゲイリー・バー(右)とルディ・ゲス(中央)
サポート・メンバーの2人と客席にあいさつするキャロル・キング
■「わたしのリビングルームへようこそ〜」(2008・11・10、於:渋谷・オーチャードホール)
ゲストを招き入れる小道具を選ぶのは、案外むつかしいものだ。料理や酒の好みは人それぞれ、取り上げる話題にだって好き嫌いがある。18年ぶりの単独公演に臨んだキャロル・キングはしかし、一瞬にして、こころを掴(つか)みとってしまった。
グランドピアノ左手に置かれた小ぶりのフロアランプ。白い手が伸びてパチンとスイッチが入る。橙(だいだい)色の仄(ほの)暗い灯がともると、2100人余のゲストは催眠術にかけられたように、椅子にとっぷり体重をあずけてしまう。舞台にしつらえた品の良いソファとテーブル。高さ20メートルの天井のもと、客席と舞台は彼女の「リビングルーム」に早変わりした。
予定調和的といってしまえばそれまでだが、1・2部編成全27曲の選曲は、半世紀におよぶソングライターとしての真骨頂をまざまざと見せつけた。ジュークボックスやラジオを疲れ果てさせた名曲・佳曲の束となれば、それもあながち誇張ではない。
2500万枚を売り尽くしたセカンドアルバム「Tapestry(つづれおり)」(1971年LP発表)から選ばれた「Beautiful」、今回のツアー名にもなった「Welcome To My Living Room」(2005年CD発表)で幕が開いた。<笑顔がこころの内にある愛を表現する>とストレートに愛をひもとき、<ようこそ、こちらへ>と、仲間を迎え入れる。
30年以上も制作に開きのあるふたつの楽曲に導かれ、これから始まる客席と彼女の「会話」の行方に期待が膨らんでゆく。
サポートはルディ・ゲスとゲイリー・バー。アコースティックギター、ベース、マンドリンに、ときにはユニゾンのバックボーカルで歌姫を支える。高音部で微(かす)かにしゃがれてゆく落ち着いた声は相変わらず。ピアノのペダリングも、アコースティックギターのカッティングも、ぴんと冴(さ)えわたる。PAの調整にバラツキがあり、はらはらもさせられたが、咳(しわぶき)さえためらう音の振動は、耳に心地よい。
前のめりなシャッフルナンバー「Smackwater Jack」に続いて、第1部を締めるのは、元夫・ジェリー・ゴフィンとこしらえた60年代のヒット曲メドレー。6曲をノンストップで歌い継ぎ、最後は全米初の1位となった「Will You Love Me Tomorrow?」。
もとは女性コーラスグループ、ザ・シュレルズに贈った1曲だが、「Tapestry」でセルフカバーした。出すシングルレコードがまったく売れず、いったんは歌手として挫折した彼女だが、開演からおよそ1時間、声はますます艶っぽくなり、1942年生まれとはとても思えないほど伸びやかだ。
「Sweet Seasons」「It’s Too Late」「Chains」などと、第2部も快調に滑り出し、観客を魅了していくが、思わずうなったのが「Pleasant Valley Sunday」だ。ザ・ビートルズに対抗すべく米音楽界が一気呵成に作り上げたザ・モンキーズに提供した、硬質感のあるヒット曲。67年の発表当時の雰囲気を残しながらも、ギターとピアノと肉声が、現代的な文意をつむぎだすのに成功した。
アンコール曲「So Far Away」「You’ve got a friend」「The Loco−Motion」に、会場の室温は確実に、2度は上がっただろう。
「The Loco−Motion」はキャロル&ジェリー夫妻のベビーシッターがひょんなことから歌って全米1位に輝いた、黒人霊歌もしのぐダンサブルな曲だ。マイクを握ったこの日の彼女のテンションは高く、まさに蒸気機関車なみ。
そして、「この日の1曲」をと問われたなら、間違いなく、ラス前の「You’ve got a friend」を挙げる。ササクレだったこの世の中にあって、友だちがいることの喜びや、傷ついた友だちを慈しみ、いたわりあうことを歌い上げる。
<目を閉じて考えて、ぼくのこと。もうすぐ、いくよ。君の真っ暗闇な夜を明るくするために>
そんな一言がからだを温かく包み込み、リビングルームの3つのフロアランプの明かりは、ひとつ、ふたつと眼底へと吸い込まれてゆく。
(デジタルメディア本部・小野高道)