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躍動の舞台 引き込む、パトリツィア・コパチンスカヤ

2008年12月5日

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 裸足で舞台を踏みしめる。大きな目をむいて音楽にぐいぐい接近し、時に指揮者をすらおののかせる姿に、聴衆のみならず共演者までが魅入られてゆく。

 「よく『あまり動くな』って言われるんだけど、どうにも不自然で。音楽って、人と愛し合い、エネルギーを交換するためのものでしょう」

 母はバイオリニスト、父はハンガリーの民俗楽器ツィンバロンの奏者。ルーマニアなどの民俗音楽にも自然に接して育ってきたことが、この独特の音楽観を培っているのかもしれない。

 ベートーベン「クロイツェル・ソナタ」の新譜CDは、奔放な即興演奏で聴衆を沸かせるピアニスト、ファジル・サイとの共演で話題に。幼い頃、初めて彼の交響曲を耳にしたときから「何か私に話しかけてるように感じられてならない」という。

 天衣無縫の個性は、天才肌のサイのみならず、古楽の大家まで引きつける。フィリップ・ヘレベッヘから共演の依頼が来たときはさすがに驚いたが「正反対に思える人が、実はすごく自然に理解しあえる人だったりする。私、面白い人と出会うことにかけては天才なのかも」。

 しかし、いわゆる「狂気の天才」ではない。作曲の道に足を踏み入れたのも、作曲家が己の思いを音にする、その思考のありようを知りたかったから。ギトリスやエドウィン・フィッシャーら、大作曲家たちと同じ時代を生きた演奏家の録音からも多くを学ぶ。「レストランでおいしいものを食べたら、どうやって料理したんだろうって思うじゃないですか。それと同じ」

 他人のコピーにも、過去の自分のコピーにもなりたくない。喝采を浴びた自分を突き放し、常に楽譜に立ち戻る。「音楽は人生の鏡。完璧(かんぺき)な音楽なんて、完璧な人生と同じくらいつまらない」。不器用なほどの誠実な語り口は、この人の音楽が、いまの世界の複雑さを照射する無類の輝きと力を持ち得ていることと無関係ではないはずだ。

 神経科医の夫との間に3歳の娘がいる。「普通の女性としての人生を歩みたい。ひとりの母として、妻として。音楽家であることとは別。単に、私が私であることを変えられないだけ」

 娘が私の音楽を愛してくれますように。ただそう願うことで、日々新たな世界に羽ばたけるのだという。

(文 ・吉田純子、写真・鷹野隆大氏)

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