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前人未到「還暦アイドル」 ジュリー祭り

2008年12月18日

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写真沢田研二=東京ドーム、安藤由華撮影

 とにかく、すごかったとしか伝えようがない。東京ドームで3日、ジュリー(沢田研二)が6時間以上で80曲を歌いきった還暦記念コンサート「人間60年 ジュリー祭り」。終始パワー全開で広い舞台を縦横に走り、ジャンプし、熱唱した。「祭り」に居合わせた3万2千の観客の一人として、興奮の余韻が当分去りそうにない。

 ザ・タイガースでデビュー以来の41年を行きつ戻りつする構成。観客の多くは時代を共にしてきた世代だ。7曲目に「銀河のロマンス」のイントロで、ドーム内が「オゥ」とどよめいた。40年前のアイドル映画の主題歌である。

 当時隆盛したグループサウンズは、新しい音楽と男性アイドルの供給源であり、高揚期にあった学生運動と相まって、世の中は騒がしく汗くさかった。戦後日本社会そのものの青春期である。

 中でジュリーは、その構成要員の一人であり、かつ異質の存在でもあった。それまでの男性アイドルにない透明で中性的な美貌(びぼう)は、「美男子」「ハンサム」など旧来の言葉では形容できない。以来、思えばジュリーはずっとアイドルの先端にあり続けている。

 作詞家・阿久悠は、青春期を過ぎたアイドルに、「時の過ぎゆくままに」(75年)で「けだるさを秘めた退廃美」を、「勝手にしやがれ」(77年)などで「男の美学」を注ぎ込んだ。続いて「脱アイドルを遂げたアイドル」として「TOKIO」(80年)では落下傘を背負い、高度経済成長後の豊かさが行き渡った日本を浮遊してみせた。

 いまジュリーは、「還暦以後アイドル」として前人未到の道を行く。コンサートの後半、前半よりむしろ声が伸びて、歌の説得力も増したように。ほとんどぶっ通しで歌って終幕近く、語った。「夢の中にいる人間は、夢を見ることができない。だから一歩一歩現実を踏みしめ、日常をしっかりやっていくだけ」と。

 「祭り」は一日。人生は続く。年を重ねるのも悪くないと、うれしくなった。(大上朝美)

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