びわ湖ホールと大阪センチュリー交響楽団。経営難が全国的にクローズアップされた2団体を両脇に抱え、今年奔走したのが指揮者の沼尻竜典だ。「売れ筋の名曲を並べ、客を呼ぶのは公立ホールのやるべき仕事じゃない。楽団や歌手のレベルをあげ、一緒に育ってくれる聴衆をこそ大切にしたい」と揺るがぬ信念を語った。(吉田純子)
■「正念場、安易に流れない」
昨年から芸術監督を務めるびわ湖ホールでは、2月に神奈川県民ホールと「ばらの騎士」を、10月にはポルトガル国立サン・カルロス劇場と「サロメ」を共同制作、「交流の要」という歌劇場の方向性を示してみせた。専属で育ててきた声楽アンサンブルも、実りの時期を迎えている。
「海外の名のある演出家と一緒に作品を作った経験は、間違いなくホールの自信になる。オーケストラもオペラの感覚を養うことで、交響曲をより深く響かせられるようになる。歌手やオケを育てることを最優先に考えている」
一方で、橋下徹知事の財政再建策で存亡の危機にある大阪センチュリー交響楽団では、今年から首席客演指揮者を務めている。
「文化も道路も同じ、市場経済ありきで売れるが勝ち。そんなレベルでしか文化が議論されていないのは残念。楽団員の情熱と実力を、1回1回の演奏会で証明していくのが、僕が今やるべきこと」
幼い頃、父が会社の文化祭を楽しげに取りしきる姿を、舞台袖で見ていた。照明の熱で焼けたセロハンや、緞帳(どんちょう)があがる時の油のにおいを、今も鮮烈に覚えている。虚構を生み出す快感が、自らを舞台の仕事へと向かわせた。
「オペラほど効率の悪い芸術はない。でも、いろんな社会とかかわり、壮大な虚構を生み出せるオペラほど、面白い芸術もない」
64年生まれ。東京フィルや日本フィルの正指揮者などで着実にキャリアを積んできた。94年にグレツキ「悲歌のシンフォニー」を日本初演するなど、現代作品への取り組みには定評がある。今年カメラータ・トウキョウから出たCD集「三善晃の音楽」や、秋に開かれた三善の作品展でも熱演を聴かせた。
桐朋学園大に通っていたころ、上を見上げれば大野和士や広上淳一らがまぶしい活躍を繰り広げていた。得意のピアノや作曲に没頭、伴奏者を目指そうと真剣に考えた。
そんな折、90年に世界的登竜門のブザンソン国際コンクールで優勝。突然脚光を浴びるが「振れる曲がほとんどなくて大あわて」。舞い上がらず地道に勉強を重ねたことが今の躍進の礎となった。
現在のポジションには、楽しさと使命感の両方を感じている。「日本のオケも歌手も本当の実力をつけてきた。今が正念場。だからこそ安易なプログラムに流れちゃいけない」。売れ筋に走ろうとする「悪魔のささやき」と、自ら闘い続けている日々という。