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時代と呼応する感性 「マタイ受難曲」「メサイア」演奏会

2009年5月11日

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 バッハの「マタイ受難曲」にヘンデルの「メサイア」といえば、今でこそ永遠の「聖典」だが、受け継ぐ人々のしなやかな感性なくしては、これほどまでに愛され続けなかったかもしれない。そう実感させる古楽の演奏会にこの春、相次いで出あった。

 今年生誕200年を迎えたメンデルスゾーン編曲による「マタイ」を東京・初台の東京オペラシティで上演したのは、鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパン。20歳のメンデルスゾーンが1829年にベルリンで「マタイ」を復活上演し、忘れ去られていたバッハに再び光を当てたのはよく知られるところだ。今回使われたのは、バッハ自身が後半生を過ごしたライプチヒの聖トーマス教会で1841年に上演された版。散逸部分を含め、鈴木が学者たちとの共同作業で編み直した。

 どうすればバッハの真価を同時代の人に伝えられるのか。メンデルスゾーンは頭をひねり、プロデューサー張りのセンスで作品を刈り込み、バッハの精神のエッセンスを切り取った。

 果たして、オペラをすら思わせる臨場感あるドラマだった。福音史家による説明調のナレーションは、大胆にカット。たたみかけるようなアリアの連続により、イエス本人や弟子たちの心の振幅が、よりリアルに胸に迫ってくる。通常では3時間かかる重厚な大曲は、あっさり2時間で終了。バッハの新たな受容の歴史は、メンデルスゾーンの時代と呼応する精神をもって始まったのだ、と再認識させられた。

 一方の「メサイア」初稿版は、東京・築地の浜離宮朝日ホールで開かれた「ヘンデル・フェスティバル・ジャパン」の一環で上演された。ヘンデルの頭の中で最初に流れていたであろう理想の響きを「再現」しよう、との狙い。上演場所や演奏条件に応じ、ヘンデル自ら柔軟に改訂を加えてきたため、初演当時の響きが聴ける機会はいまやめったにない。

 痛々しい受難劇は直接的には描かれず、地上の人々に福音が広がってゆく過程がゆったりと歌い上げられてゆく。主宰で指揮の三澤寿喜は、楽曲同士の合間をあまり開けず、全体をひとつのドラマとしておおらかに描いた。壮大なはずのハレルヤコーラスは、あっさりしたテンポで流された。誰しもを受け入れ、祝福する究極の人間賛歌。これこそが隠れた「メサイア」の本質だったのかもしれない。

 バッハを復活させたメンデルスゾーンと、自作の改訂をいとわなかったヘンデル。この2人の感覚は、現代のテレビや雑誌の編集者に近かったのでは、とふと思った。時代の空気に呼応する感性、作品への忠誠、そして何より創意工夫と遊び心。これらが名作を不特定多数の大衆の心に届け、次代へと受け継いでゆくのだと、改めて胸に刻み直さずにはいられなかった。(吉田純子)

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