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シンガー・ソングライター・樋口了一「この言葉」を届けたい

2009年5月29日

 「年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても どうかそのままの私のことを理解して欲しい」。老いへの冷徹な覚悟と、我が子への慈しみを、淡々としたギターに乗せ語るように歌う。作者不詳のポルトガル語の詩に共感し、メロディーをつけた「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」が、昨年10月の発表以来、反響を広げている。

 幼稚園の頃、隣に住む中学生の家で、爆音ロックをヘッドホンをあてがわれて聞いたのが音楽との出会いだ。中2でプロになろうと決め、高校から曲を作り始めた。いくつかのバンドを経て29歳で遅咲きのソロデビュー。歌手活動の一方で、TOKIO、SMAPから石川さゆりまで幅広く曲を提供している。

 2年ほど前、友人の翻訳家・角智織(すみ・ともお)氏のもとに差出人不明で届いたメールが「手紙」の原詩だ。「詩を紹介されたとき、小さい頃の風呂場のタイルの模様や父親と交わした会話など、思い出がわーっと押し寄せた」。ばらばらの断片が一つになり、過去と未来の両側に永遠につながっていく線のように感じられ、深い安心を覚えたという。

 「その安心と希望を歌で伝えたかった。曲の長さにも形にもとらわれず」。とつとつとした訳詩を尊重しながら、「悲しい事ではないんだ」という詞も補った。1番2番と区切らない8分を超える曲になったが「ラジオ局を回ると、現場のプロの人たちが涙を流して、胸にしまっていた痛みを話してくれた。こんな経験は初めて。フルサイズで流してくれる人もちらほら現れるようになった」。

 ライブ会場でも、体験を打ち明ける人が相次ぐ。「返事を書きたくなる曲なんですね。希望を感じてくれる人もいれば、リアルさだけが心に刺さる人も少なくない。そんな人たちも、いずれ余裕が生まれたとき、この言葉の安心感や優しさにたどりついてほしい」。ポストマンライブと名付け、ホームページへの応募者のもとへ出向くミニライブも今年1月に始めた。「この言葉を必要としている人に、これからも届け続けたいです」

 インタビュー中、「僕の歌」という表現は出なかった。伝えたいのは自分を突き動かした「この言葉」。アーティストとしての自我よりも深い、人間のきずなに対する思いが、聴く人の心を打つゆえんなのかもしれない。

(文・藤崎昭子)

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