2009年8月29日
ドイツの指揮者クリスティアン・ティーレマンが今夏、大曲「ニーベルングの指環」でバイロイト音楽祭を席巻した。ワーグナーの殿堂に立って10年。「気心の知れた仲間と響きを知り尽くした劇場を得て、のびのびと歌う余裕が出てきた」と語る。来年3月、音楽監督を務めるミュンヘン・フィルと来日公演をする。
ワーグナー自身が設計したオーケストラピットは、客席からは一切見えない深みにもぐっている。「わんわん鳴って風呂場のよう」と語る団員もいるほどだが、ティーレマンは劇場全体をさながらオルガンのように鳴らしてみせた。
「色々な位置でアシスタントに音を聴いてもらったり、他の指揮者のリハーサルにもぐりこんだりして、試行錯誤を重ねてきた。客席での響きを具体的にイメージし、楽しめるようになれば、ここは最高の劇場だ」
少し早口で、目を伏せがちにオーケストラの魅力を語り続ける。
「音色の変化を試すのが楽しくて仕方ない。おもちゃをいじる子供のような気分かも。指揮者の使命は、自分の趣味に責任を持ち、音楽が楽しい魔法なのだと聴衆に伝えること。難しいのは、音楽を仕事だと思うこと」
練習ピアニストや下振りなどを経てオペラ制作の一切を知る。ドイツの伝統を継承する第一人者としても、期待を背負う。
ベルリン・フィルをはじめとする多くのオーケストラの響きが均質化する傾向にあるなか、昔ながらの音を武骨に奏で続けるミュンヘン・フィルとのコンビを愛する人は少なくない。
来日公演では、ベートーベンの「運命」を演奏する。「ダダダダーン」という有名な出だしも、音楽の呼吸に素直に従えば、それほど難しいものではないと言う。
「考えすぎるから力が入る。新しいことをやらなければ、という呪縛に多くの音楽家がとらわれている。何かを変えてやる、という野心ほど無意味なものはない。真の芸術は、人にショックを与えるためのものではないのだ」
共感するオペラ演出家はゲッツ・フリードリヒとジャン・ピエール・ポネル。「この2人が私に教えてくれた。伝統への謙虚さこそが、新しい世界へ我々を導いてくれるということを」(吉田純子)