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波乱の人生が紡いだ響き 韓国の作曲家尹伊桑

2009年12月10日

 マーラーやショスタコービチの次は、韓国の作曲家、尹伊桑(ユン・イサン)(1917〜95)ではないか。

 マーラーはユダヤ人の根なし草感覚をうたった。ショスタコービチは共産ソ連の理想と現実を皮肉と韜晦(とうかい)で表現しきった。

 すると尹は? 音楽の勉強はまず戦前の大阪や東京で。日本統治下の祖国に帰り、抗日運動に加わって獄中生活。朝鮮戦争の惨禍も味わう。その後、韓国の軍事政権に反対。67年にはベルリンから韓国中央情報部に拉致され、祖国で終身刑を宣告されるも、国際世論の後押しで解放。南北統一運動に尽くし、北朝鮮ともつきあう。

 まさに東アジアの歪(ゆが)みを一身に背負った人生。そして尹は、マーラーらと同様に自らの時代経験を曲に刻印した。だからその音楽には、暗闇をさすらう苦悩と、ユートピアを夢見る輝かしい力がある。響きの中身もショスタコービチあたりと近い。そのうえ、泥田のような粘り気が音色にも旋律にも濃厚にある。東アジアのドロドロ感覚で20世紀の喜怒哀楽を歌い上げるのだ。

 尹は生前、日本のレーベル、カメラータ・トウキョウに、自ら監修し多くの音源を残した。それがCD9枚に再編集され、価格も安く再発売された(CMCD50024〜32、分売)。三つの交響曲、バイオリンやチェロの協奏曲など、主要作がそろう。ハンス・ツェンダーにハインツ・ホリガー、辰巳明子や高橋悠治や岩城宏之など、ゆかりの演奏家の練れた録音ばかり。

 日本のクラシック・ファンなら避けて通るわけにもゆくまい。(片)

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