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代演楽しむ心、育って 小澤征爾さん活動休止で「休演」

2010年2月10日

 指揮者の小澤征爾さんが先月、早期の食道がんで半年の活動休止を発表した。海外公演での代演は順を追って発表されているが、日本での新日本フィルハーモニー交響楽団と水戸室内管弦楽団の公演はいずれも休演となった。

 いずれも「代演が見つからない」との理由だった。背景には、小澤さんを切望する聴衆からのハレーションを想定した楽団側の苦悩がある。

 他の主催者からも「大物に代役を立てたら、演奏家の『格』が違うぶん差額を返せ、と言われることがある」との話を聞く。ただでさえ資金繰りに苦しむ楽団に、リスクを負わせるのは酷だろう。

 1990年には札幌と東京で、病気降板したバーンスタインの代わりに登板した大植英次さんがブーイングを浴びた「事件」があった。バーンスタインの秘蔵っ子とはいえ、無名の若者を聴くために1万円以上の大金を払ったのではない、と、聴衆が主催者に詰め寄る一幕もあったという。

 しかし、独ハノーバーの名門オケで首席指揮者を務めるなど、その後の大植さんの躍進ぶりに異を唱える人はいないだろう。その時の聴衆は、歴史的な世代交代の瞬間に立ち会った幸運な人々だったと言えるのではないだろうか。

 問題は、代演を温かく、また好奇心を持って迎え入れる観客文化が日本に育っていないことなのではないか。

 若きドミンゴが、名歌手コレッリの代演で衝撃的なデビューを果たしたように、筋書きのないドラマが常に用意されているのが生の舞台だ。ひいきの演奏家に出会う、貴重な機会にもなりえる。その興奮とだいご味を知る欧米の観客の間には、代演を楽しむ文化的土壌が育っている。

 大物降板の際は、公演責任者自ら聴衆の前で代演を発表する。未知数の若手の名が呼ばれても、応援の拍手や口笛が起きることが少なくない。新たな才能の誕生の場に、立ち会うことができる「チャンス」かもしれないからだ。

 活動休止の記者会見で、ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝した山田和樹さんら若手の台頭を強調した小澤さんのこと、誰が代演を務めても全力で応援したことだろう。中止の判断は、オケだけでなく小澤さんにとっても心痛むものだったに違いない。

 小澤さんの雄姿を再び見る日は、それほど遠くないだろう。復帰を待ちつつ、ブランド頼みにならず、多彩な才能を心躍らせて受け入れる文化を育てるにはどうすればいいか、いま一度考えるきっかけにしたい。(吉田純子)

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