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森繁さんの葬儀、近親者で営まれる 「いい顔だった…」

2009年11月11日

写真:記者会見をする森繁久弥さんの次男、建さん(左)と所属事務所の守田洋三社長=11日、東京都千代田区の東京会館記者会見をする森繁久弥さんの次男、建さん(左)と所属事務所の守田洋三社長=11日、東京都千代田区の東京会館

 10日に96歳で亡くなった俳優の森繁久弥さんの葬儀が11日、東京都渋谷区内の斎場で近親者によって営まれた。後日、「お別れの会」を開く予定。

 喪主で次男の会社役員、森繁建(たつる)さん(66)は記者会見をし、「父の九十数%は俳優・森繁久弥だった。最後だけは私たちの父として送りたかった。『(葬儀は)こぢんまりやれ』という遺志にも従った。穏やかな非常にいい顔だった……」と言葉に詰まりながら語った。

 建さんによると、森繁さんは風邪をこじらせないよう大事をとって7月22日に入院した。女性看護師らと仲良くなり、脈をとってもらうときは喜んでいたという。今月4日には、同じ病院の産婦人科で9人目のひ孫が誕生。「チビ、チビ」と呼んでかわいがっていた。

 だが、9日に容体が急変。翌朝、建さんら親族に見守られて静かに息を引き取った。

 紋付きはかまの正装で納棺された。亡き妻万寿子さんの写真やひ孫たちがつくった折り紙も一緒に納められたという。

 森繁さんは04年正月放送のテレビドラマを最後に俳優活動から遠ざかり、所属事務所のスタッフと世田谷区内の自宅で暮らしていた。

 舞台「屋根の上のヴァイオリン弾き」で何百回もライトをまっすぐ見続けた結果、本人によると「片目が見えなくなった」。両耳も難聴になっていた。スタッフに付き添われてプールで水中歩行をしていたが、外出の際に車いすを利用することも次第に増えていった。

 一方で事務所の守田洋三社長には、何かにつけて「面白い話はないのか」「芝居の仕事はないのか」と言い続けていた。

 自身が出演した映画がテレビで再放送されても、見ることはなかった。建さんが「おやじさん、見ましょうよ」と水を向けても、「そんなものはもういい。終わった話だ」と断ったという。(羽毛田弘志、米原範彦)

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